第1話 海と都と爆発話・後編

「あ、そういや爆発物を送ろうと思ってたのに忘れてたな」

「はっ? ば、爆発物?」

「え、あ」


 やば、思わず口に出しちまった。しかも結構大きな呟きだったみたいで、全員が目をいてこっち見てる……!?


「いやいやいや、今のは、その、言葉のアヤってやつで」

「アヤ? 何をどうしたら『爆発物を送ろうと思ってた』なんて発言になるのさ?」

「ヤルンさん、もしかして本当にご実家を破壊しようと!?」

「ちがっ、違うって!」

「どういうことなのか、ちゃーんと説明しよう?」

「何がご不満なのか分かりませんけど、ご家族は大切にー!」

「説明する! ちゃんと説明するから、お前ら迫ってくるなって!!」


 二人の目がもう爆弾魔を糾弾する目付きになってるし! 他の奴らはどんどん遠ざかってるし! 少なくともまだ何もしてないんだから、その態度は酷くねぇ!?


「……ヤルン」

「ヒッ」


 重低音にびくりとする。人垣の向こうで、師匠の目がぎらりと光っていた。尋問か? 説教か? きちんと説明して誤解を解かないと、命がないかも……!?


「お主、そんなに爆発に興味があったのか」

「へ。そ、そうッスね。あるといえばあるような、ないといえばないような?」


 駄目だ。混乱してまともに喋れない。これは危険思想を理由に処刑コースまっしぐらか。俺の人生、短かったな。もっと生きて、騎士になる夢を叶えたかったぜ。セクティア姫、期待に応えられなくて悪かったな。


「何故もっと早く言わぬのじゃ」

「……は? 何を?」


 あれ、話が噛みあってない気がするぞ。目線は合わせているのに、別方向を向いている気分だ。師匠は何を言ってる?


「お主がそこまで魔術を熱望していたとは、気付かなんだのう。師として、不徳の致すところじゃて」

「いや違」

「安心せい。今夜からわしがみっちりねっちり、爆発系魔術の概念から様式美に至るまで全てを伝授してやるからのう!」

「はあぁあ? 何馬鹿なこと言って」


 概念から様式美って、爆発の様式美って何!?


「皆まで言わずとも良い。良心の呵責とかいう些細なことに悩まされておったのじゃろう? そんなものは魔術の発展の前にはゴミも同然じゃ。捨ておけい」

「それ超大事なもんだよな! あっさり捨てんなよ!」


 ていうかここ、天下の往来だぞ。発言が物騒すぎんだろーが。誰か止めろ、俺よりよっぽど爆弾魔なこのトチ狂ったじいさんを!

 しかし、時はすでに遅かった。


「騒ぎを起こしているのは貴様らかー!」

「大人しく縄につけー!」


 発言に驚いた誰かが、王都内を見回り中の兵士を呼んできてしまったのだった。うわぁ、皆、なんか超ごめん。……師匠も謝れよな!



 事情を説明するのは、途方もない作業になった。大人しく従ったため、縄で縛られることはなかったが、街の入口まで全員が連行されてしまったのだ。


 そこで小部屋に収容され、個別に事情を聞かれた。何が苦痛って、顔から火が出る思いで経緯を一から話さなければならなかったことだ。家の事情とかも全部!

 きっかけはただの一時の気の迷いっつうか、冗談みたいなモンだったのに、なんつう拷問だよマジで!


「大変だったんだな」

「すみません。以後、気を付けます」


 血涙を流しそうな俺の様子に、聴取に当たったファタリア兵のおじさんは不憫さを感じてくれたのか、最後には優しく「今後は発言に気を付けるんだぞ」と諭してくれた。異国で受ける同情が胸にしみるぜ。


 出されてみると、キーマ達は外野だったので簡単な手続きで解放されていた。可哀想なことにリーゼイ師範は監督不行き届きを指摘されたらしい。が、なんとか注意で済んだ。


「問題は師匠だな」


 先に出された俺達は門を見上げながら師匠を待つことになった。物凄く不安だ。何しろ人ごみの中で爆発について熱く語って、否、叫んでいたのだ。


「騒乱罪って、ファタリアではどれくらいの罪になるんだろ。師匠、五体満足で出てくるんだろうな?」

「怖いこと言わないでよ」

「そうですよ、縁起でもないです」


 おっと、今注意されたばかりなのに、またしても失言をしてしまったか。しばらくは口をつぐんでおいた方が得策かもしれないな。――そう反省していたら。


「あっ、師匠!」


 その人はあっさりした顔で門の詰所から出てきた。もちろん、両手も両足も揃っている。顔に疲れの色も窺えない。一安心……か?


「全員揃っておるかの」

「え、あぁ、はい。……大丈夫だったんスか?」

「何がじゃ? あれしきのことで、わしが参ると思うたのか」


 そうは思わない。でも、一応はこの一団のリーダーで、一応は俺の生命線でもあるのだから、心配くらいはする。腹立たしいし、悔しいから素直に言ってはやらないが。


「初めは誤解があったが、話せば分かるのが人と人というものじゃ」

「具体的には?」

「そのコツは年長者にとっては飯のタネじゃからのう。お主にはまだ早かろうて」


 くそじじいめ、煙に巻きやがったな。こうなるとどれだけ追及しても無駄だと、数年を共に過ごしてきて知っている。


「俺はちらっと考えただけで、爆発になんか興味ありませんからね」

「つまらぬな。せっかく特訓内容を大幅に前倒ししようと、計画を一から練り直しておったというに」

「遠慮します」


 本気で「爆発系魔術講座」など始められたら困る。師匠の意気込みを見れば、他の重要な知識が文字通り吹き飛ぶのは分かりきっている。気になる分は、個人的にこっそり調べる程度にしておこう。


「なら、輸出業でも学んでみるかのう」

「輸出?」


 なんだそれは。またえらく話が飛んだな。全然理解が追い付かないぞ。


「お主、家にファタリア土産を送るつもりだったのじゃろう?」

「聞いてたんスか」

「その向上心、おおいに結構。もし儲けが出たらわしにも分けてくれ。そうじゃな、2割で手を打とう」

「なんでだよッ!!」


 こんな危険因子が率いる部隊、ファタリアの城は素直に受け入れてくれるのか? めちゃくちゃ心配になってきたぞ……!


 《終》


 ◇後半の爆弾の話で「何の話?」となった方は、「第四部 第二話 幼い過去と異国の風・前編」をお読み頂ければ分かるかと思います。

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