第5部 太陽の城と盾編

第5部・第1話 海と都と爆発話・前編

 空の青と競うかのような、雄大な海原。打ち寄せる波に負けない迫力で、大小様々な船が港へ押し寄せる。

 積み荷を降ろして行商人と交渉する者、釣った魚の立派さを自慢し合う漁師達、船を憧れの瞳で見つめる子ども。彼らの頭上には数えきれないほどの海鳥がエサを求めて行き交っている。


 ファタリア王国に入って旅をすること数か月。すっかり慣れたはずの潮の香りさえここでは一段と濃い気がして、思わず感嘆の声があちこちからあがった。

 興奮するのも無理もない。俺達はとうとう王都へと到達したのだから。



「はあぁ、ここもかよー」


 俺は腕にはめられた輪と、それにくっ付いた赤い石をいまいましげに見つめ、言った。

 いわずもがな、ユニラテラ王都でも付けさせられた、魔導士の魔力を抑え込む腕輪だ。幾らか意匠は違うものの、効果と意味は全く同じである。


「規則なのですから、仕方ありませんよ」


 青い石を見せつつ、ココが柔らかく微笑んで言う。でも、「分かってるよ」と素っ気なく返すことしか出来ない。

 人が多い王都内でのいざこざを、少しでも減らすためだってのは分かる。俺だって別に力を封じられることに抵抗を覚えるわけではない。


 はめた瞬間の、血の気が引く感覚が嫌なのだ。今回は身構えていたから倒れずには済んだけれど、やはり気分のいい体験じゃなかった。珍しがった見張り達にはジロジロ見られるし。


「にしても、蒸すねぇ」


 甲冑を身に着けている分、暑さが増すだろうキーマが手で顔を仰ぎながら窮状を訴える。気温がそれほど高くなくても、海が迫っていて湿度が高いせいだ。


「ふん、お前ら見てるこっちの方が暑いっての」

「冷気か風の術で冷やしてー」

「そんな暑苦しいマネ出来るか!」


 大量の魚を積んだ馬車が縦横無尽に走り回る大通りを行きながら、目指すは真っ直ぐ王城……ではなくて、宿だ。


 俺達、隣国の兵士団が王都入りしたことは、門で手続きした時点で伝わっているはずである。まずは旅で薄汚れた身を綺麗に整え、くたびれた身体に喝を入れておく必要があるのだ。

 公式の兵団は国の代表といっても過言じゃなく、粗相があれば国際問題になりかねない。自分達のせいで戦争が起きたらと思うとぞっとする。


「建物も、さすが王都って感じがするよな」


 大通りを鮮やかに彩る、一級の職人が造ったのだろうと思う、芸術品みたいな住居や店舗。その間に挟まるようにして、祖国で王都に着いた時と同じく、大人数で泊まれる宿もたくさん建てられている。


 先を行く師匠達に続いて眺めまわしているうちに、どうやら城への近さによって建物のグレードが違うらしいと気付いた。奥へ行けば行くほど高さが増し、外観も豪華になっていくのだ。


「おそらく、最も城に近い高級宿には、地方から登城のために訪れた騎士団か貴族が泊まるのでしょうね」

「うひー」


 王都に住居を持つ貴族は泊まらないから、必然的にそういうことになる。きっと、使用人を何人連れて宿泊しても大丈夫な作りになっているのだろう。


「ユニラテラの王都でも宿に泊まったけど、こんな感じだったっけ?」


 ぽかんとして問うと、ココもキーマもくすくす笑った。


「えぇ。ヤルンさんは建物より、お店で売られている品物を熱心にご覧でしたものね」

「う、どうせ田舎者のおのぼりさんだよ。つうか、生まれ持った商人のサガで、そっちに目が吸い寄せられちまうんだよ」


 商人になるために必要な知識の勉強なんて、ほぼしたためしはなかったが、親が仕入れの品定めをする時、どこに注目していたかくらいは知っている。

 だから、王都では何が売れて、人々が何を求めているのか、つい気になってしまう。


「ヤルンなら何でも売りさばけそうだけどね」


 兵士間では、物々交換以外、金のやり取りは許可なく行ってはいけないことになっている。金銭はトラブルの元だ。それまでに築いた絆を易々と断ち切り、暴動を招く温床になる。

 物以外にも、外部の人間からの依頼は上司に判断を仰ぐのが規則だ。国や領主に雇われている身分なのだから、当然といえば当然だが。


「せっかくですから、何か仕入れてご実家に送られてはいかがです?」

「それって良いのか?」

「届け先でどう扱われるにせよ、こちらからすれば土産物ということになるのですから、規則違反にはあたらないのでは?」

「屁理屈にも聞こえるけどね」


 うーん、どうなのだろう? 問題ないなら、売る売らないは抜きにしても、隣国の王都に来た証に何か買って家に送り付けたい気もする。ん、送るといえば……?

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