おまけ・兵士たちのカボチャ祭り

 ◇今回は座談会の代わりにこちらをお楽しみください。


 道を闊歩する恐ろしい吸血鬼、真っ黒い服の魔女や真っ白いオバケ。溢れるのは綿菓子にキャンディ、チョコレートにドーナツ。

 今日は年に一度のカボチャ祭り。黄色と黒に彩られた、妖しくも楽しい夜――。



「……は~」


 時刻は夜。ランタンを片手に行き交うモンスター達。それらを出店の裏から眺めながら、俺は何度目かの溜息を付いた。手にはスプーンを握りしめていて、脇には中が空洞になったカボチャが山と積まれている。


「はい5回目」


 隣でキーマがせっせとカボチャをくり抜きながら言った。溜め息の回数なんか数えんな。そうツッコむことにも飽きて、俺はまたカボチャを手に取る。

 ナイフで切って中身を出し、目の部分をくり抜くだけの簡単な、いや、体力と精神を消耗する仕事だ。


「なんでこんな浮かれた夜に、俺らだけ働かなきゃいけないんだよ」


 文句を言いつつも止まらない手が恨めしい。


「稼ぎ時だからねぇ」


 俺達は立ち寄ったとある村でカボチャ祭りとやらに遭遇し、師匠の命令でランタン用のカボチャ制作に駆り出されてしまった。


 祭りの大筋は、化け物に扮した子どもが各家を回ってお菓子を貰う、というものらしいが、村にはここぞとばかりに出店が立ち並び、旨そうな匂いをあちらこちらから漂わせている。

 通りすがりの俺が言うのもなんだが、この祭り、これで合ってるのか?


「お預け喰らった犬の気分」

「カボチャが残ったら貰って良いって言われたし。持ち寄ればささやかなパーティくらい出来るんじゃない?」


 露店の中には仲間も大勢混ざっていた。あそこで飴細工を作っているのは魔導士だし、笑顔の売り子は剣士だ。魔術で作った飴は犬や猫なんて可愛いものから、翼を広げたドラゴンなどというイカしたものまで並んでいて、それなりにお客を呼び込んでいるみたいだった。

 いやいや、俺らマジで何集団?


「こんなにカボチャを見た後で、そのカボチャで盛り上がれるかよ! つうか、それ現物支給って言うんだぞ。絶対騙されてるって、主に師匠に!」

「ヤルンさん、キーマさん。表のカボチャが減ってきたので運んでも良いですか?」


 接客にあたっていたココが、出店の奥で黄色や緑のカボチャと格闘する俺達に声をかけてきた。

 フリルがひらひらと舞う、普段は見られないエプロン姿が可愛らしい。というか、これくらいのサービスがなきゃ干からびて死ぬわ。


「おー。どんどん持って行ってくれ」


 こちとら飴細工に負けてはいない。カボチャは蝋燭とセットで出すと面白いくらいに売れていった。ま、半分くらいはココの笑顔のおかげかもしれないが。


『あらゆるものを縛り付けるものよ。その役目を忘れ、しばし戒めを解き放て』


 ココが歌うようにいにしえの言葉を口ずさむと、幾つものカボチャがふわふわと浮き上がった。魔導書の重みを軽減する時に良く使う、重力操作の術に風を加えたものだ。


「何度見ても面白い光景だね」

「エプロン着た女の子がカボチャを操るって、なかなかシュールだけどな」


 一つひとつは持ち上げるのに苦労する重みではないが、中が空っぽでも何個もとなるといっぱしの荷物になる。運ぶ手間が省けて作業効率も上がるし、良いこと尽くめだな。


「ウチもなかなかのコンビネーション見せてるよな?」

「あはは。ヤルンって、『嫌だ嫌だ』って言いながら結局やっちゃうよね。なんて言うんだっけ、器用貧乏?」

「……」


 相変わらずどこからツッコんでいいのか困る発言をするキーマは放っておいて、俺は残ったノルマを見上げて再び溜息を吐いた。



 時は過ぎ、お菓子を貰った子どもたちが家路に着いて寝静まる頃。人通りが途絶えた途端、出店はあっという間に片付けられ、広場に焚かれた火を囲い、大人達が今年の実りに感謝を捧げている。

 貸切った宿屋の食堂で、俺達は宴に興じていた。


「今宵は良く働いてくれたのう、皆存分に楽しんでくれ」


 おお~と声があがり、カチンカチンとあちこちでグラスとグラスがぶつかる音が小気味よく響く。ちなみに中身はジュースなのでご心配なく。

 テーブルにはケーキやお菓子、色とりどりの飲物が並び、魔術で作った明かりと相まって幻想的な眩しさだ。上機嫌のキーマがクッキーを齧りながら言う。


「さすがオルティリト師、こんなパーティを用意していたなんてね」

「まさか、宴会のための資金稼ぎに駆り出されていたとはな」


 フタを開けてみればいかにも師匠らしい計画だった。何事も経験だ鍛錬だと適当な理由を付けて働かせ、その裏でパーティの準備をしていたのだ。


「でも、こんな夜中に騒いで大丈夫かな?」


 キーマが軽く首を傾げる。いくら祭りの夜と言っても、子供はもう寝る時間だ。こんなにワイワイ騒げば近所から苦情が来てもおかしくない。


「それなら問題ありません。宿屋を結界で覆ってあるそうですから」

「成程」

「こういう時ばっかり抜かりない辺りがほんと師匠らし――げほごほ!」


 はっと気づくと皺まみれの双眸そうぼうがきらりと光っていた。キーマとココが笑い合い、俺が「笑うな」と赤い顔でツッコむ。月明かりの下、せっかくのムード満点の夜だと言うのに、これじゃ台無しだ。


「仮装する時間がなかったのは残念でしたね」


 パーティの存在を突然知らされたものだから、仕事が終わったままの服装の人間がほとんどで、残りは制服か部屋着だった。

 子どもにお菓子を配る仕事に駆り出されていた2~3人だけがドラキュラだったりオバケだったりして、逆に浮きまくっている始末だ。


「エプロンもいいけど、ココの魔女姿とか見たかったなぁ」

「私ですか?」

「ねぇ、ヤルン?」


 同意を求めてくるキーマに、俺はうろんな目を向ける。魔導士が魔女って、それちっとも仮装になってないからな?


 《終》

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