第5話 食料と武器と魔力のお話・前編
旅と食料難は切っても切れない間柄だ。
ファタリア王国に入ってからも、町や村に立ち寄るたびに可能な限り買い込んでいるが、次の目的地までの旅程が長引けばどんどん底を付いていくことになる。
それに、傷みやすい物から調理して食べるから、最後まで残るのは乾燥させたり塩漬けされた保存食だ。
戦場でもないのに、そんなものばかり食べたいと思うか? あぁいうのはたまに食べるから旨いんだ。毎食はきつい。っていうか、好み云々の前に栄養が偏っちまうしな。
そんな時のために、兵士は食料調達の手解きを受けている。川であれば魚の釣り方や即席で出来る網を使った罠の仕掛け方、山であれば――これだ。
がさがさがさっと何かが草の中を駆ける音がする。
「そりゃっ」
キーマが気合を入れると、張り詰めていた弓から風のように矢が飛んでいく。影が「ギャッ」と短い悲鳴を上げて、ずどっと横に倒れた。
「おお、命中!」
「さすがです!」
俺とココ、キーマの三人は、身を潜めていた茂みから姿を現し、仕留めた獲物にそうっと近寄った。腹部を矢に刺されながらも、未だ必死の抵抗を見せる獣に俺が手を下し、全員で命に感謝と祈りを捧げる。
息を殺してじっと待ち、やっと捕まえたのは、茶色い毛をした猪の子どもだった。子どもといってもそこそこの大きさがある。十分、晩飯になるだろう。
「お前、ほんと器用だよな」
恐らく親からはぐれてしまったのだろう。獲物に余計な傷を付けないように注意して抱きかかえながら、相棒が持つ小型の弓に視線を送った。
子どもでも狩りの練習に使えるくらいの簡単な作りだが、これでも小さな鳥や獣を射るのには足る威力が出る。まさに今、キーマがそれを証明してみせたところだ。
「ヤルンやココだって使えるじゃない」
謙遜でなく、事実を語るように言う。確かに俺達も一応は使えるようになった。魔導士にとっては狩りのためだけじゃなく、魔術が使えなくなった時の護身術の一つという意味合いもある。
それも、最初こそ弓を訓練していたが、段々と種類も増え、最近では戦場に転がるあらゆるものを使えるようにと、凶器鈍器問わず武器の扱いを教えられている。
多様性はそれだけで武器になる。王都でも説明されていたし、これは上を目指す兵士に求められる技能なのだろう。でも、あまりにも「何でも屋」状態だなとも思う。いつか騎士になる時に役立つと良いんだが、迷走感が凄い。
ココが眉をひそめてぽつんと言った。
「私は武器が苦手で……。特に重い武器は重力操作をしないと厳しいですね」
「あぁ、重い武器っつうと、斧とかハンマーとかデカい棍棒とかだろ?」
何を言い出すかと思えば、あれ系をガチで振り回そうと思ってたんですか、ココさん? いやいや、体を鍛えてるって言っても、細身の女魔導士には無理でしょうよ。俺だって無理だし。なら、発想を変えた方が面白い。
「んなの、とにかく敵に向かってブン投げときゃ良くね?」
「……成程。それは良い考えですね!」
冴えた提案にココがポンと手を打ち、キーマが「ちょっと待とうか。ほんとにそれでいいの?」と疑問を挟んでくる。ちっ、何が不満なんだよ。
「使いにくい武器なんて単なる荷物でしかないし、だったら大砲みたくどーんと打ち出したらいいだろ。敵は絶対ビビるぜ?」
「それなら、私にも風の術を応用すれば出来そうですしね」
敵が、落ちてくる鈍器を前に慌てふためいて逃げ惑う姿を想像したら、悪戯を考え付いた時みたいにワクワク・ウズウズしてきた。不謹慎かもしれないが、妄想だからどうぞお許し願いたい。
そこに、再びキーマが低いトーンで鋭く水を差してくる。
「打ち出した後が問題。武器を飛ばすってことは、もし敵に当たらなかったら戦いの手段を手渡すことになる。そこはどうすんのさ」
『あ』
二人揃って口を開け、見事な間抜け面を晒してしまった。そうか、この作戦は一撃必殺でなければ通用しないし、武器を飛ばすだけじゃお世辞にも命中率が高いとは言い難い。
「ちぇー、めちゃくちゃ良い手だと思ったのによ」
「そのままじゃ悪手だね」
しかし、ココは落ち込まず、このツッコミを前向きに捉えたようだ。小さな拳をぐっと握り締め、宣言する。
「せっかく頂いたヒントですし、自分なりに改善してみます!」
笑顔が非常に頼もしいが、ちょっと怖くも感じる。うーん、もしやヤバイ作戦を伝授してしまったか?
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