第3話 お嬢様の真実・後編

「皆さんは――」


 一通りおじいさんにもこちらの面々を紹介し終えると、俺達は話し合いを再開することにした。口火を切ったのはクオールズさんだ。


「兵となって戦場に向かうなど、お嬢様のような高貴な方がなさることではございません。もし御身に傷でも付いたら、どうなさるおつもりなのですか」


 あまりに正論過ぎる内容に、俺もキーマもどう反応していいのか迷い、視線を宙に彷徨わせる。万一ケガがなくとも、戦場では過酷な現実を突き付けられることもある。

 そこかしこにあるのは血、そして死。大事なご令嬢にそんなものを見せたくないと思うのは、ごく自然な心理だ。


 それに、おじいさんがココを心配する気持ちは、態度からひしひしと伝わってくる。きっと、幼い頃から本当の孫のように可愛がっていたに違いない。


「まだ国内にいらっしゃる間は黙認しておりましたが、隣の国へ出るなど、どんな危険があるか……!」


 しかし、なにやら熱の入り具合が歌でも謡い出しそうな様相を呈してきた。演説させ続けたら一晩中でも付き合わされそうだ。おじいさんの話ばかり聞いても進展しないと判断したのか、師範が再び口を開いた。


「ご両親は健在か?」

「はい」


 ココは初めて自らの素性を語った。スウェル地方に住む貴族の娘であること。よく騎士を輩出する家であること。そして、弟がいるから跡継ぎの心配はないこと。

 正直、びっくりせずにはいられなかった。普段のココからは想像も付かないような別世界に、とでも言えばいいのだろうか。


「その弟君が騎士になり、家を継ぐのではないのかのう?」

「弟は優しい気性の持ち主で、両親も戦場に出られるとはとても思わなかったのです。それなら、私が挑戦してみようと思いまして」


 ん? と首を捻ったのは俺だけか? キーマも思わず呟き、気持ちを代弁してくれる。


「今、とんでもなく話が飛躍しなかった?」

「え、どこがですか?」


 どこが、じゃないだろ。大事なところがすっぽりと抜けていた気がする。なんだか頭痛がしてきたぜ。


「言い辛い話かもしれないけどな。ココの弟は、その、重い病気だったり、怪我をしてたりするのか?」

「いいえ?」


 ささっと首を振り完全否定する。となると、ココの弟って子は、きっと家の中にこもって書物ばかり読んでいる色白君なのだろう。ココをそのまま男にした感じを想像してみる。


「跡継ぎは兵役を免除される、って決まりは貴族も同じだろ? 両親がココに『弟の代わりに兵士になれ』って言ったとか?」


 歴史ある家の名誉のため、弟より見込みのあった姉に期待をかける。実力さえあれば男女の差なく出世できるユニラテラではよく聞く話だ。


「えぇと、二人は私を良家へ嫁がせるつもりだったみたいです」

『ふ、普通だ』


 荒事に向かない息子には家を継ぐ道を与え、娘には幸せな花嫁になって欲しいと願う。結婚相手を決められてしまうのは嫌かもしれないが、思考はいたってマトモな両親に思える。

 ココはどこか遠くを見詰めるような、うっとりとした瞳をした。


「幼い頃から、魔法使いが活躍するお話が大好きで。武術や魔術にも憧れていましたし、兵士になれる年齢になったら、絶対に志願する! って決めてたんです」

「それって、つまり……」


 念のため、両親は止めなかったのかとキーマが確認すると、満面の笑みをこちらに向けた。


「父も母も、それから弟も、最初は驚いていましたが、きちんと説明したら分かってくれました。『夢は追い続けるべきだ!』と、最後には大盛り上がりしまして」

「100%、勢いじゃねーかよっ!」


 話の飛躍どころか、ココの夢と弟の間には全く関係がなかった。要するに、揃って熱に浮かされたノンキ家族。さっき「マトモ」だって言ったの撤回! 妙なテンションで将来を決めちまうトンデモ一家だ!


「私があそこできちんとお止め出来ていれば、このようなことには……」


 ショックを受けていると、クオールズさんは涙が光る目元をハンカチで拭いながら愚痴る。


「いや、無理だろ。その家族に逆らうの……」


 これ、どう収拾付けるの? 部外者ながら途方にくれていたら、その後事件は急展開、いや、超展開を迎えた。


「そういうわけですので、ここはお帰りください」


「いや、ですから」とかなんとか、まだぶつぶつと呟きながら食い下がる執事に皆で同情していると、耳に信じられないものが飛び込んできた。


『彼方へと行き先知らぬ風よ――』

「ヤルン、ココが何か唱えてるけど……?」


 古代語であるために呪文の内容が解らないキーマが不安げに問いかけてきて、俺の青ざめた顔色に気付く。ちらりと師匠を窺うと、素知らぬふりを通していた。


 あくまで身内の問題、口を挟むべきじゃないと思っているのだろうか。半分くらいは面倒臭いんだろうな、あの顔は。

 かちり。術が完成した時の何かがはまるような感覚が伝わった。



「あれ、何の術だったのさ?」


 術の発動後、クオールズさんは無言でふらりと部屋を出ていき、それっきり戻ってくることはなかった。明らかに不自然で不気味な行動だっただろう。あてがわれた部屋へと戻ったキーマに、げんなりしながら教えてやる。


「前に盗賊に使った術?」

「あれは気絶してなきゃ使えないんだ。ココが使ったのは……眠らせる術に幻術を混ぜたものだな」

「つまり?」

「あのおじいさんはココに会ったのを忘れちまった、ってこと」


 正確には少し違うのだが、結果は一緒だから良いだろう。疲れていて面倒臭いし。……それにしてもココ、ムキムキ疑惑に加えて腹黒説浮上か?


「ぐ、考えるのヤメヤメ!」


 思考が深みにハマる前に、寝入っちまうのが一番だ!


 《終》

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