第3話 お嬢様の真実・前編
こんなことって、本当にあるんだな。
その事件に出くわした時の、俺の感想がこれだった。
ちょうど、とある町を訪れて宿を探していた時だった。師匠を乗せる馬も、俺達兵士も、疲れを溜め込んで重くなった足が休息を求めて速くなっていた。
「おおおおお嬢様あぁああっ!」
地の底から響くような叫びに、俺達はぎょっとして立ち止まった。他国でも、町中は外に比べて安全のはず。そんな思い込みがあったたせいか、心臓を貫かれるほどの衝撃を感じた。
「ったく、誰だよ。死ぬかと思ったぜ」
「お嬢様」と聞こえた声はしわがれていた。きっと、どこぞの令嬢が屋敷でも飛び出して、それを初老の執事だか何だかが慌てて追いかけてきた、ってところだろう。なんにしても、俺達には関係ない。お騒がせな奴もいたものだ。
「まぁ、どうしてここに?」
応えた呑気な声に、今度こそ隊列がぴしりと静止する。全員がそちらにギギギと首を捻った。恐る恐る問いかける。
「コ……ココ、さん?」
視界の端で、身綺麗なおじいさんが凄まじい勢いで駆けてくるのが見えた。その強烈な視線で捉えていたのは、俺の隣で小首を傾げるココだった。
「困りましたね」
「詳しい話は腰を落ち着けてからということで、どうですかのう」
「承知いたしました」
師匠のとりなしで、ココの知人らしいそのおじいさんが泊まっている宿を紹介してもらうことになった。
じいさんが上等そうな服を身に付けているから、てっきり旅費がパンクするような所に連れていかれるのではとソワソワしたが、着いてみるといたって普通の宿屋でほっと一安心だ。
「なんでヤルンが旅費の心配なんてするのさ」
キーマが怪訝な顔をした。資金は師匠達が管理しているからだ。ふん、身銭を気にするのは商家に生まれた者の習性なのだ。放っておいてくれ。
「ただいま、お部屋をご用意させていただきます!」
突然の団体客に、宿の主人が大喜びだったのも有難い。たまに眉間に皺を寄せる人もいるからな。今はユニラテラ王都に向かった時の半数に落ち着いているから、ファタリア国内で困ることは少ないだろうが。
とにかく、四人部屋に(無理矢理)六人ずつ詰め込むことで部屋は足りた。あぁ、暑苦しい。
ココはそのおじいさんの部屋に行き、しばらくして戻ってきた。動揺している様子はない。まずは師匠達に報告に向かうというので、同行を申し出たら、くすくすと笑われた。
「ヤルンさん。知りたくして仕方ないんでしょう?」
「あはは……」
思いっきりバレている。苦笑して誤魔化していると、キーマも「そりゃあ、気にもなるよ」と口を挟んできた。
「まさか、とは言わないけど、ココが良いところのお嬢様だったなんてねぇ」
俺もではあるが、キーマも予測はしていたようだ。
義務でもない兵士に志願する女の子は非常に少数だ。貧しい村の出身者によくある理由は「生きるため」だけれど、ココにがっついた雰囲気は全くなかったし、まして名声を求めてという性格でもない。
「お嬢様だなんて、大層なものじゃありませんよ」
「俺からすれば、『じいや』がいる時点で十分大層だって」
言って、ちらりとキーマの方を盗み見る。のらりくらりとしていても、どこか村人や町民とは違う空気を
師匠達は、ココと連れ二人を入室させると、並んだベッドの片方に座らせた。師匠は丸椅子に座り、師範は部屋の奥で壁にもたれて事態を見守っている。
カーテンが薄く開けられ、まだ昼間の柔らかい光が漏れてくる。明かりは入れるが情報は外に出さない、そんな意思表示に思えた。
「ココよ、お主に最初に聞いておきたい」
人間は年老いると年齢が分からなくなってくる。一体、師匠とあのおじいさんでは、どちらが年上なのだろう。まだ二十歳にも満たない俺には想像も付かないな……なんて無関係なことを頭の端で考える。
「はい」
師匠の固い声に、ココが真剣さを
「これからも旅に同行する意思はあるか?」
「もちろんです」
即答だった。どきどきする間もなかった。むしろ、俺とキーマが「それでいいのか」という顔を向けたほどだ。
「お二人とも、どうしたんです? 私が抜けるはず、ないじゃありませんか」
「そりゃあ」
「だって」
口々に呟くと、ココはにっこりと笑って「心配いりません」と伝えてきた、が。それではおさまらない人がいた。
「お嬢さまっ! どうかお考え直し下さいッ」
『うわっ』
ばたん! 急に扉が開いたかと思ったら、そこにはあのおじいさんが拳を握りしめて立っていた。
「突然の来訪、非礼はお詫びいたします。ですが、なにとぞココお嬢様に思いとどまるよう、お願い致したいのですっ」
熱のこもった懇願。そのあまりの勢いにこっちは気圧されるばかりだ。というか、ギャラリーはポカンとするしかない。お願いしたいとか言われましても。
「私の夢は立派な魔導師になることです。ここで諦めて帰る理由なんて、どこにもありません」
仁王立ちで熱弁を振るうおじいさんに対し、ココは居住まいを正してはっきりと告げた。一点の曇りもない、清々しいほどの言い切りだった。
「まずは互いをもっと知るべきだと思うが」
低い声音に背筋がぴりっとする。軽い電流のような緊張に、日頃滅多に喋らないリーゼイ師範のものだと肌で理解した。ココも慌てて同意を示し、おじいさんを紹介してくれた。
「こちらは私の家に住み込みで働いてくれている人です。私も子どもの頃からよく面倒を見てもらいました」
「失礼致しました。改めまして、クオールズと申します」
ぺこり、と腰を折る仕草も堂に入っている。それだけ長い間、ココの家と家族に仕えてきたのだろう。交わされる視線から、二人の間柄の深さを感じた。
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