第2話 幼い過去と異国の風・後編

 その後もココは風を呼んで盗賊を吹き飛ばし、他の魔導士もそれぞれの得意な術で攻撃・かく乱した。逆に向こうが放った矢は、術の詠唱の際に生まれる防御壁に弾かれて地面にパラパラと転がる。


「お、おいっ、こいつら強ェぜ!」


 抜け目ない行動に、盗賊の顔に明らかな動揺の色が浮かんだ。頭目も予想を裏切られて指示に惑っているようだ。その浮き足立った瞬間を、キーマ達が見逃すはずもない。


「せいっ!」


 からめていた剣を押し上げて敵の武器をさらい、みねで脇腹を抉るように打ち込む! 鎧で身を固めていても苦しい攻撃に、薄着の男は耐えられず横へと吹き飛んだ。そのまま息さえも潰れるように気絶する。

 見回せば残るはたった数人、それもこんなショボい実力の持ち主達では、はっきり言って物の数ではない。


「う、うわあっ」

「助けてくれぇっ!」


 案の定、勝てないと悟って一目散に逃げ出そうとした。盗賊だって生きる為にやっているのだろうに、仲間をあっさりと見捨ててしまうなんて、プライドの欠片もない奴らだ。


「逃すかよっ」


 こんな根性なしをここで放置すれば、また同じことを繰り返しかねない。仲間に再び目配せし、協力して結界を張り巡らせた。

 外から中を守るためでなく、中のものを外へ出さないためのものだ。俺達レベルの魔導士でも、何人もの術者が集まればかなりの広さに展開できる。


「どうなってんだ!?」

「か、壁がある……!?」


 見えない壁に遮られて逃げ場所を失ったところで、あとは拳やら手とうやらを浴びせられて撃沈。結界自体はそのテの心得があれば破れる比較的簡単な術だったが、壁に驚いているようでは話にならない。


「一件落着、っと。師匠、師範、掃討終わりました」

「縛りあげろ。次の町で突き出す」

『はッ』


 かくして、俺達は随分と重い荷物を手土産に、ファタリア王国での最初の町へ赴くことになった。


「うげ、どうしたもんかな」


 しかし、盗賊は一人が一人を担いでも余る人数だ。まさか引きずっていくわけにもいかない。荷物運び用の重さを操作する術をかけても、体力精神ともに疲労するのは必至だ。気絶させたのは失敗だったか。

 状況を見た師匠がひげを撫で、魔導士を呼び集めた。


「ちょうど良い機会じゃ。もう覚えても良い頃だろうのう」


 縄で縛る作業を剣士に任せ、老いてなお衰えぬ使い手から、俺達はとある術を教わった。



「あ~、着いたぁ!」


 野宿も覚悟していたけれど、予想に反して日中に着くことが出来、誰もが安堵する。

 初めて訪れる異国の地は、南国の雰囲気が漂う港町だった。大きさはそれほどでもないのだろうが、中央に向かって緩やかに傾斜し、まるで家の山だ。


 家も、白く塗り固められた四角い建物が主流で、積み木のオモチャ箱を連想させ、海に面した町の南側では潮風が吹き、内陸とは違った香りを運んでくる。


「よいせっと」


 盗賊は全員、この町の兵に引き渡した。薄着に鎧を身に付け、槍を持って立つ見張りの兵士諸君は、俺達を見て目を丸くしていた。盗賊が縄に繋がれ、文句も言わず一列に連なって歩いてきたからだ。


 それは、師匠から教わったばかりの「従属させる術」のせいだった。

 今回使ったのはその初歩、意識のない者を操る術だ。気絶している相手にしか効果がなく、強制できることも僅かで、破られやすい。ただ、捕虜を歩かせるにはもってこいだった。


『催眠の術と併用すれば持続する。が、くれぐれも使い方を誤るでないぞ』


 師匠の言葉を、俺はしっかり受け止められたと思う。人を操るということは、意思を無視することだ。今回のようなケース以外では許される行為じゃない。隣で話を聞いていたココの引き締まった面差しが目に焼きついている。


「は~っ、気持ちいいな!」


 ファタリアの気候は暖かで、開け放たれた大きな窓が印象的な宿に着いて外を眺めると、潮風がさぁっと髪を通り抜ける。

 町を困らせていたならず者をやっつけたお礼に報奨金が貰え、今夜はなんと宿の好意によりご馳走が出るらしい。噂の「海の幸」に、今から腹が鳴るってもんだ。


「地図だと隣の国の町だけど、遠くに来たって感じがするねぇ」

「だな」


 ぼんやりと風に吹かれていると、鎧を脱ぎ、剣を拭うキーマが何気ない調子で呟く。


「今見てるものは、ヤルンのものだよ」


 ちらりと目だけで振り向く。せっせと作業に勤しむ背中が揺れている。その背が「お兄さんじゃなくてね」と続けているように聞こえた。


「……ふん、こっぱずかしいこと言ってんじゃねぇっつの」


 家で商売人として采配を振るう兄よりも遠くへ、外の世界へ飛び出したという実感。この目で見る物、この手で得る物、全てが俺だけのものだ。


「へへっ」


 口元に笑みが生まれた。


 《終》

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