第2話 幼い過去と異国の風・中編

「へぇ、なんだか逆だなぁ」


 気が付くと俺は、思い出したエピソードをキーマに語っていた。その感想がこれだった。

 すでに関所を越え、俺達はファタリア国内へと入っていた。キーマはぴかぴかと輝きを放つ鎧を揺らし、金属音を鳴らしながら歩く。俺のおうむ返しに答えるため、その山深い景色から視線を移した。


「逆?」

「だってさ、『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい』とか言う親もいるじゃない」

「あー、確かに」


 時折、露店の前などで見かける光景だ。兄弟を連れた親がいて、小さいほうが収拾の付かないくらい泣きじゃくっていると、親は仕方なく弟に物を買ってやる……そんな場面で、上の兄弟を諭す時に使われる。


「あれだろ、『どうしてコイツだけ』ってやつ」

「私も見たことあります」


 いつの間にか会話に加わっていたココもふんふんと頷く。


「ちょっと可哀想ですよね」


 そうコメントするということは、ココは一人っ子か、兄弟間で差別や比較をされたことがないのか。少し羨ましい。


「俺の場合、それでってわけじゃないけど、外で遊びまわってたなぁ」


 家にいても、数個上の兄は商人としての基礎を仕込まれている真っ最中で、あまり遊んではくれなかった。

 周りの人間も同じだ。そんなに年が離れているわけでも、兄が目立って勉強が出来たわけでもないのに、俺は蚊帳の外のような空気を味わうことが多かった。


「ヤルンの場合、『悪戯して回っていた』の間違いでしょ」

「うっせ」

「もしかして、それで騎士を?」

「あ~、かもなぁ」


 チビだった頃に町で見た騎士に憧れたのが一番の理由だが、違う道を見付けたかったとか、俺だってやれることを示したかったとか、そんな気持ちがなかったとは思えない。


「こうして旅してると、気を張っていたのが凄く昔みたいに感じるな」

「おっ、ヤルンてばおっとな~」

「茶化すなっつの!」


 そんな、ちょっと暗くて重めの話をライトにしていたのもここまでだった。


 空気が動いた。

 リーゼイ師範が、鋭く手で制していた。切り裂く風のような動きだった。無論、隊列は一瞬で反応し、息を詰めて各々の武器に手をかける。

 ――何か、いる。木々の合間から、気付かぬうちに注意を向けられている。それも一つや二つじゃない。


「わしらのような者を囲もうとは、余程飢えておるのかのう」


 馬上の師匠は、口先でだけは呑気そうに言った。同時に、怯える馬の背を優しく撫でて大人しくさせている。

 行商人や旅の家族連れならいざ知らず、兵士の一団を襲おうというのだから、師匠の言うことももっともだ。かなり食べ物に困っていて必死なのか、はたまた腕に自信があるのか。


「大人しく金目の物を置いて去るなら見逃そう! 抵抗するなら容赦はしない!」


 低い男の声がろうろうと響き渡る。山に反響するかと思ったが、木々に吸い込まれたらしく、辺りは再びしんと静まりかえった。


「乱暴なのか礼儀正しいのか、どちらかにして欲しいものじゃ」


 ぶつぶつと文句を呟く師匠の声などお構いなしに、同じ声が「さぁ決めろ!」と叫ぶ。

 決めろも何も、選択肢は最初からない。盗賊に襲われて言う通りにする兵士など、少なくともここには一人もいない。


「どうした! 足が竦んだか!」


 うるさい奴らだ。こちらが黙る理由を完全に誤解している。もしかすると虚勢を張っているだけで、兵団を襲うのは初めてなのかもしれない。


「その出で立ちはただのお飾りか!?」


 剣や魔導書が飾りだって? この使い込まれ具合が分からないなんて、可哀想な連中だぜ。俺たちはただ、待っていただけだ――合図を。


「行け」


 たったその一言で、わっと剣士達が飛び出した。それまでの押し黙る静けさを打ち破り、抜いた剣の切っ先と瞳をぎらぎらと光らせながら、周囲に散った。


「うおっ!?」


 まさか大人しく従うとは思っていなかっただろうに、盗賊どもはこの勢いに驚きと動揺を見せた。が、すぐさま頭目らしき男の号令で応戦に入った。金属同士がぶつかり、鋭くも重い音が辺りに満ちる。


「どいつもこいつもガキばっかりだ。蹴散らせ!」


 おおおおおぉぉおお!

 あちらこちらで祭りに興じるような興奮した声が上がり、なるほど、と俺は思った。兵士の格好はしていても、俺達はまだ14やそこらの子どもに過ぎない。だから大したことはないとアタリを付けたのだ。


 そう考えている間にも、口の中では呪文が完成している。魔導士全員の詠唱が終わったのを目配せで確認したところで、最後に師匠に視線を送った。

 しわが寄った目元が不敵に笑い、満足そうに頷き返した瞬間、俺達は内に溜め込んだ魔力を一斉に解き放つ。


『氷よ、彼の者を射抜く矢となれ!』


 いけとばかりに叫び、それぞれ自分の直線状に術をお見舞いした。氷のつぶては剣士と遣り合っている相手の頭上を飛び越え、森の奥から本物の矢でこちらを狙う敵を容赦なく襲う。


「ぐっ!」

「イテェ!」


 円状に呻き声が起こり、ばたばたと数人が倒れる。おっし、命中!

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