第2話 幼い過去と異国の風・前編

 関所は領主サマの許可で難なく通ることが出来た。その向こうは農業大国・フリクティー王国で、実は俺をスカウトしようとしたセクティア姫の出身国だったりする。


「おお、凄ぇな!」


 その国内に踏み入り、少し歩くだけで「農業大国」の名に違わぬ一面の畑が姿を現す。麦などの穀類を皮切りに、野菜に果物、そして豆類などが所狭しと育てられ、そんな光景が遥か彼方にまで広がっていた。


「最高だなぁ」


 さわさわと畑を抜けていく風が心地よい。天気は快晴、遥か彼方には山々の峰が臨め、絶好の旅日和である。


「スウェルの町からそんなに距離が離れているわけでもないのに、全然違う景色が広がっているんですね」

「まさに農村地帯って感じ。国境近くでこれほど大規模に農作が出来るってことは、それだけ両国の関係が良好な証でもあるね」


 二人の感想はなんとも知的だ。ココはともかく、キーマまで頭が良さそうだと少し腹立たしい。俺がまだまだガキなのだろう。大人への道は険しく遠い。

 しかし、俺達の今回の目的地はこの国にはなかった。目指すは更に南へと下った先に待つ新天地である。


 フリクティー王国を南下すること三日。天気の急変もなく、長閑な景色が続く。

 途中、幾つかの村に立ち寄ったが、どこも素朴な料理が美味いことと新鮮な食材が手に入る以外は取り立てて変化もなく進んだ。


 変化があるとすれば、遠くに見えていた山がどんどん眼前に迫ってきたことか。


「あふ……」


 おっと、思わず欠伸が出てしまった。ずっと代わり映えのしない風景が続くので、仕方のないことではあるのだけれど。……う、ココに見られた。笑うなってば。


「あっ。ヤルンさん、見えて来ましたよ!」


 そのココがあるものに気付き、進行方向を指さした。彼女の細く白い指先を目で追いかけると、山の手前に広がる林の奥に、微かに「それ」が姿を現していた。


「関所か!」


 石垣と門が見え、やっと辿り着いたという感慨が胸に広がる。あれこそが目的地の入口だった。あの向こうで、まだ見ぬ何かが俺を待っているのだ。


「向こうがファタリアかぁ」


 キーマが首をコキコキいわせながらのんびりと言う。そう、門を抜けた先にあるのが新天地――ファタリア王国だった。


「『海に面し、陸地も平野が多いことから、流通が発達。行商によって発展した国として知られる。海の幸が絶品』だそうですよ」

「へー、海の幸かぁ。楽しみだな!」


 歩きながら分厚い旅行者用の資料を捲るココの声に、煌びやかな魚が鮮やかな包丁さばきでおろされて並ぶ様子を思い浮かべる。

 脂がのって、てらてらと光る白身をさっと火にかけ、熱いうちに一口……! 数刻前に腹ごしらえをしたばかりなのに、思わずゴクリとのどが鳴った。


「ヤルン。よだれよだれ」

「う、うるさいなっ。放っとけ!」


 そんなやりとりを交わしながらも一行は関所に着き、引率の師匠と師範が全員分の手続きを行う。スウェルの領主サマは、彼の国にもユニラテラ王国を通して申請してくれていたから、立ち往生する心配はない。


「なんでわざわざフリクティーを通るんだろうな?」


 待っている間、ずっと抱いていた疑問が口から零れる。ユニラテラとこれから入るファタリアは国境を接する隣国同士で、地図上で見る限りフリクティーを通る必要はないように思えるのだ。何故自国を抜けていかないのか。


「それはきっと、ユニラテラとファタリアの間に山脈が広がっていて、通れる関所がとても遠いからだと思いますよ」

「そうなのか?」


 ココが地図を広げて見せてくれながら考察した。本当だ、確かに二国間の国境沿いには山がずっと連なっていて、開かれた関所は西よりだ。ココを挟んで反対側から覗くキーマが呟く。


「そちらを通ろうとするなら、もっと時間がかかるだろうね」

「はい。もしかすると、王都に行くよりも日数がかかるかもしれません」

「えらく遠回りになるもんだな」


 成程、旅費や日にちの節約のためだったのか。納得はしたが、そのために他国を素通りするなんて大胆だよな。なにしろ俺達は少数ではあっても兵士の集団なのだ。国と国の仲が良くなければ不可能な方法だろう。


「……まさか」


 門の前で書類を見せたり書き込んだりしている師匠の背中を見遣り、「また無茶したんじゃあ」と考えかけ、やめた。自分の精神衛生の方が何倍も大事だからな。

 代わりにぼんやりと浮かんできたのは、つい先日久しぶりに会った家族の顔だ。


 商家で生まれ育った俺は、余所の国へ品物を買い付けに行く親や出入りの人間からお土産を貰ったり、話を聞かせて貰ったりしたことはあった。けれど、それはいつも「兄のついで」だったように思う。


『どーしてにーちゃんがいつも先なのさ』


 幼かったある日、そう言って膨れていると、父親が大きな手でぽんと俺の頭に触れた。


『兄ちゃんはいずれこの店を継ぐのだから、仕方ないだろう』


 優しい口調だった。暖かい手のひらだった。それなのに、思い切り殴られたような衝撃を感じた。小さい俺はあまりのショックに何も言えなくなって、しばらく固まっていた。


 あの頃はそのショックの正体を捉え切ることが出来なかったが、今思えば「オマケ扱い」された気がしたのかもしれない。

 おう、改めて考えると腹が立ってきたぜ。近いうちに爆発系の魔導具でも仕入れて贈ろう。ん、思考が変な方向に歪んでる……?

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