第1話 越えるべきもの・後編

 そんなやりとりをしたのが、つい三週間ほど前だ。俺達は、実はほとんど迷わずに答えを出し、今こうして故郷へと帰還しているのだった。

 というか、後で気付いたら「プチ会議」はほとんど愚痴や世間話だった。だって俺、最初から選択肢ないしな! ちぇー!


「この澄んだ空気、やはり帰ってきた気がしますね」


 ココが感慨深げに言い、キーマも気持ちよさげに伸びをする。

 見えてきた懐かしい家並み、王都に比べればどこかくすんだ色の服を着て行き交う人々。ここだって一応スウェル城の城下町なのだから、ド田舎ってわけではないけれど、比べては可哀想だろう。


 道端に生えた草を、商人の連れた馬が勝手に食む、などという呑気な様子はあそこじゃ見られないだろうし、なにより。


「お帰りなさい!」

「お疲れさま!」


 道行く人達が笑顔で迎えてくれる。何年も経っていないのに込み上げてくる懐かしさは、やはりここでしか味わえない感情だった。


「変わらないもんだな~」

「そりゃあね。様変わりしてた方がビックリでしょ」


 一行は町の大通りをずんずん歩き、そのままスウェル城へと登城した。戦に行ったわけでもないのに、盛大に出迎えられて、まるで英雄の凱旋みたいだ。

 城では驚いたことに、帰還を喜んだ領主サマが宴を催してくれた。大広間に掲げられた国旗、長いテーブルに白いクロス、そして色とりどりの飲み物やご馳走……。


 久しぶりに見る領主サマの顔に翳りは見られず、故郷が現在も平和を享受していることを実感する。


「住んでた時は気付かなかったけど、随分とのんびりしたところだったんだな」


 ワイワイと盛り上がる兵士達の内訳は四種類。ここにずっと残っていた者、一緒に旅に出ていて今回任を終える者や、城に留まる決心をした者。そしてそれ以外の者――。

 元は皆同じ「見習い兵士」だったのだ。残留組との久々の再会を果たすと、郷愁も手伝ってすぐにお祭り騒ぎになった。


「おい、キーマ。お前また背が伸びたんじゃないか?」

「そう?」


 俺も良く知る同期が、飲み物を片手に声をかけてくる。別れた時よりずっと逞しくなっているのが、久しぶりに会うと良く分かる。それは相手も同じ思いらしい。

 果物のジュースをちびちびやっていたキーマは、返事をしながら俺に一瞥をくれる。


「オイ、てめーマジぶっとばすぞ」

「何が?」

「今、絶対馬鹿にしただろ。俺だって伸びてるっつうの! お前が無駄に伸び過ぎてるだけだから!」


 地団駄踏んで憤慨すると、同期のそいつは「相変わらずだな、お前ら」と笑った。


「なにげに俺から距離取ってるお前が言うな」

「だって、誰かさんみたいにお前の逆鱗に触れて、吹き飛ばされちゃあたまらないからな」


 そういや居たな、俺を怒らせたせいで魔力暴発させて吹っ飛んだ馬鹿な奴が。聞けば、あの出来事は完全に語り草になってしまったらしい。頼むからやめてくれ!


「ところで、旅先ではどんなトラブルがあったんだ?」

「って、トラブル有り前提かよ!」

「あー、じゃああの話を……」

「キーマもノリノリで喋ってるんじゃねぇ!」


 ばしん! 後頭部を思いきり叩き落とす。はっとして周囲に視線を走らせると、談笑していた奴らのほとんどがこちらに耳を傾けていた。衝撃音に驚いた顔じゃない。少し前から窺っていたのだ。


「俺は見世物じゃなーーいっ」


 後は喚き散らし、キーマがどさくさに紛れて「ヤルンの武勇伝」を脚色混じりに披露し、ココがくすくす笑うという、いつものノリで夜が更けていく。

 ここは自分の家ではないけれど、懐かしい顔ぶれと飲んだり食べたりしているだけで、帰ってきたのだと十分に実感出来た。



「さてと、行くか!」


 出立の朝。以前と同じくキーマとの相部屋で、ローブを身に纏い、王都で新しく与えられた護身用のナイフを腰に挿す。手の平サイズに縮めた魔導書を懐に収め、俺は顔をぐっと上げた。


 たった数日の休暇はあっという間に過ぎ去った。もともと、立ち寄ったのは旅の疲れを癒すのと補給のためで、会うべき相手がいるものは滞在期間の間に別れの挨拶を済ませていた。


 俺とてさすがに素通りするわけにもいかず、一応実家に顔を見せに言ったが、家長として成長を遂げつつある兄貴の姿を見たらまんじりともしていられなくなり、早々に城へ戻った。進む方向は違っても、負けてはいられない。


「いよいよじゃな」

『はっ!』


 城門前に居並ぶのはオルティリト師匠とリーゼイ師範、そして兵士が数人。言うまでもなく、俺とキーマとココも入っている。見送り組は「絶対に帰って来いよ」とエールを送り、こちら側も「当たり前だろ!」と返す。


「……」


 ざあっと吹き抜ける風に身が引き締まる。故郷へ戻ってきたのは、もちろん退役するためやスウェル城の任に就くためじゃない!

 師範が低い声で鋭く問いかけた。


「一度通れば簡単に戻ることは出来ん。覚悟は良いか!」

『応!』

「二度と故郷の土を踏む事も叶わない恐れもある、それでも行くか!」

『応!』


 胸が詰まるのは何故だろう。家族や近所の人達の顔が浮かぶのはどうしてなのか。王都への旅に出る時には、こんな気持ちにはならなかったのに。


「では、出立する!」


 どこか整理の付けられない思いを抱えたまま、俺は一歩を踏み出す。今回の帰郷の一番の目的である、城の向かいにある「関所」へと。その先には新しい世界が広がっていた。


 《終》

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