第4部 新天地の眺望編

第4部・第1話 越えるべきもの・前編

 どこまでも晴れ渡った空。

 突き抜けんばかりの青には、雲が出来そうな気配すらない。

 俺はそんな空を見、乾いた空気を思い切り吸い込んでから、風景を目に入れる。


 そうして、気合いを入れないと爆発しそうな感情ごと、肺の隅々まで行きわたった冷気を一息に吐き出した。

「く~っ、なつかしっ!」

 眼下に広がる懐かしい町並みは、故郷のスウェルに間違いなかった。



 俺はヤルン。ユニラテラ王国、スウェル軍所属の魔導士で兵士の14歳だ。

 せっかくはるばる王都まで行ったってのに、一度は目の前にぶら下がった憧れの騎士への道をあっけなく閉ざされてしまった。


 そんな失意のどん底にあったのが、今からさかのぼること三週間ほど前。王都に入ってからだと一年近くが経った頃になる。

 季節が巡り、城の庭では来た時とは違った花々が咲き誇る。鮮やかな大輪もあれば、野に開いていそうなひとひらもあり、どれもが我こそが主役の座にと競っているようだ。


 成長したのは花だけじゃない。俺だって負けちゃあいない。

 今では無意識に動けるくらいには、毎日の反復作業が体に染み付いていた。手放しで喜ぶには微妙だが、見習いだった時に比べれば確実に魔導士としての実力が付いたはずだ。


「お主らもここへ来てかなり経つのう」


 そんな実感がわいてきたある日、まだ冬の寒さの残る講堂に訓練兵を呼び集めた師匠が、思案げに目を細めて話し始めた。


「そろそろ、今後のことを考える時期じゃと思う」


 ざわり。代わり映えしない日々に嫌気がさし始めた者もいたからだろう。「今後」というキーワードに誰もが反応する。かくいう俺も、口にこそ出さずとも心の中では「おっ、いよいよ来たか!」と叫んでいた。


「いや。小声だけど口から思いっきり出てるよ、ヤルン」

「え、マジで?」


 勢揃いするのはスウェル兵も含めた、ほぼ同時期に王城に入った連中全員だ。着いた当初はごたつく原因になっていた「出身地」も、最近ではそのことを口にする機会さえ減って、仲間が増えたなぁ程度にしか思わない。


「静かに」


 別の地方の訓練兵を率いてきた教官の一人が、耳慣れた口調でぴしりと言い放つ。途端、広大さを誇る講堂は元の静けさを取り戻した。


「ここに集まる皆は故郷から出ることを決めた者だ。その点では、志を同じくしていると言ってよい。じゃが」


 いつの間にか教官内でのまとめ役におさまっている師匠は、一息ついてから続けた。


「この先は各々、別の道に進まねばならん」


 どきり。いや、ぎくりとした人間が大勢いたはずだ。


「将来を決める大事な一手をどう打つか。これから3日のうちに答えを出すのじゃ。よいな」



「なぁ、どうするよ?」


 配られた説明用紙を自室の机に置き、俺は首を捻ってキーマに目を遣った。いつもお気楽なルームメイトは、ベッドに寝転がって俺の物と同じ紙きれをひらひら振っている。


「そういうヤルンは選択肢ないよね」

「ぐっ!」


 痛いところを突かれて呻く。

 キーマの言う通り、何故だか尋常じゃない魔力を持ってしまった俺は、自分ひとりで完全にコントロール出来るようになるまでは師匠から離れられないのだった。


 おかげで騎士採用の話も失ってしまうし、悲し過ぎて涙も出ないぜ。畜生め!


「うるせぇな、俺のことは良いんだよ。聞いてるのは、お前がどうするのかってこと」


 少し前にその話が出た時は、「ヤルンについていけば面白そう」とかフザけたことをほざいていたが、あれから日数も経っている。意見が変わっていても不思議じゃない。


「うーん」


 キーマはむくりと上体を起こした。でも、幾ら唸ったところで悩んでいるかは微妙だ。コイツのことだから、ただ起き上がるのに声を出しただけかもしれない。


「選択肢、思ったよりあるよな」


 俺は呟いて、改めて机上の紙に意識を落とした。王都の製紙・印刷技術は素晴らしく、美しい紙面に美しい筆跡で内容がはっきりと書かれている。

 そこには俺達がこれまでに通ってきた道のりも記されていて、この機会に自分を見詰めろといわれている気がした。


「兵士はまず各地で徴兵され、それぞれの地方で訓練を受け、見習いから正式な兵士として認められる……」


 何気なくぶつぶつと読み上げると、キーマも眠そうに字を追い始めた。


「その後、更なる地位と力を欲するものは訓練兵として王都を目指す」


 俺達のことだ。故郷に残った奴らは、今でも毎日城の見回りや町の治安維持に努めているのだと思う。もしくは、様々な理由でもう辞めてしまった者もいるかもしれない。


 もちろん、任期終了後も再び兵士として働き続けることは可能だし、有事の際に動く「予備兵登録」も出来る。登録しておけば、もし戦争になった時に食いっぱぐれなくて済むのだ。


「王都では城で共に訓練し、全ての過程を終了した者には以下の選択肢が与えられる」


 ごくりと唾を飲む。ここからが肝心とばかりに、俺は独り言も混ぜながら音読を続けた。


「①兵役の任を終える。……ま、『もういいや』って奴もいるだろうな」

「旅に出た時とは事情が変わった人もいるだろうしねぇ」


 実際、訓練中にも抜けていった者はいた。

 親族に事故や不幸があれば戻らざるをえないし、本人が訓練に付いていけなさを感じての場合もある。旅をして世界が広がり、別の夢を見つけた、なんて奴もいたりする。


 いずれにしても、届出をすればお咎めはない。寛容というか放任というか、相変わらず適当さを感じるシステムだ。よくそれで兵士の人数が足りるよな。

 騎士を目指すライバルが減って嬉しいような、逆に寂しいような、なんだかフクザツな気持ちだ。


「えぇと、次。②新たな任地に就く。故郷に帰る理由がないなら選ぶかもな」

「給料も上がるし、安定志向ならアリだろうね」


 一般兵と比べて、特別な訓練を受けた分の経験を買われるのだろう。命じられた場所へ赴いて働き、新人のまとめ役みたいなこともする。司令官や教官の卵だな。


「ヤルンは、もし選べてもこれじゃないんだ?」


 意外そうな顔をするキーマに、「パスだろ」と短く返す。行き先や運にもよるだろうが、出世してもせいぜい上級兵士止まりで、騎士になれそうだとは思えない。


「なるほどね」

「んで、次が……」


 その後は、部屋を訪ねてきたココも交えて、プチ会議を夜遅くまで続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る