第12話 暴君様?再臨④

「いくら師匠でも、王族の命令を蹴る権利なんてないでしょーが!」


 がばりと振り返ると、セクティア姫が「ごきげんよう。お久しぶりですね」とにこやかに手を振る。今のやりとりを前に冷静に挨拶出来るなんて、まさしく鋼の心臓の持ち主だ。

 師匠はさも今気づいたように「これはこれは」と腰を折った。


「お久しゅうございます。騒々しくて申し訳ありませんのう。この馬鹿弟子は私めが責任を持って引き取りますので、どうぞご容赦のほどを」

「ちょ、何勝手に決めてんスか!」

「あら、困りましたわ。私、ヤルンには是非とも護衛役を引き受けて貰いたいのですけれど」


 いいぞー! しなしなしててちょっと気持ち悪いけど、そのまま押せ押せー!


「まことに残念ではありますが、そうは参らぬ事情がありましてなぁ」

「……師匠として弟子のことが心配というわけですか。でしたら、貴方もご一緒に城勤めをなさっては? 私から推薦しますわ」


 うっ、その条件はどうなんだ? でも他に抜け道もなさそうだし、呑まなきゃ駄目かな。師匠とはどこまでも一緒、って言われているみたいで嫌な感じだ。


「いえいえ。老いた身に余るほどの有難いお話ではありますが、今お仕えしているスウェルの領主様には大変お世話になっておりましてのう。拾って下さった恩を返さぬうちは、かの地の軍属を離れるつもりはありませんのじゃ」


 えっ、そうなのか? 初めて聞いたぞ、そんな話。じゃあ俺にくっていて王都くんだりまで足を運ぶのはOKなのかよ。恩、返せてないぞ。


「だったら、やっぱり俺だけで王都に残って……」

「お主は何も分かっておらぬのう」


 溜息混じりに言われ、ぽかんとする。じいさんは何を嘆かわしそうに首を振っているのだろうか。姫も話の行方が気になるらしく、ひとまず口を挟むのをやめて話を聞く体制になっている。


「何が分かってないって言うんスか」

「お主は、わし抜きでこの先、どうやってその魔力と付き合っていくつもりだと聞いておるのじゃ」

「魔力? 付き合い……?」


 全く意味不明だ。魔力ならきちんと制御出来ている。それに、今後も城で色々と学べば、きっともっと上手くなるはずだ。


「本当に困った奴じゃのう。自分でちいとも気付かぬとは。腕を見てみよ」


 すいっと降られた師匠の手につられ、全員の視線が俺の腕に嵌められた腕輪の石に集中する。禍々しい、赤黒い輝きが変わらずそこにある。

「これは」と漏らしたのは、今まで完全に影に徹していたシンという男だった。


「シン、何か気付いたのなら教えて頂戴ちょうだい。この腕輪がどうかして?」


 シンは「セクティア様のお望みとあれば」と前置きして、静かに意見を述べた。


「その腕輪は魔導士の魔力量を測り、抑えるためのものと記憶しております。そして、ヤルン様の石をお見受けする限り、かなりの魔力をお持ちと。私もこれまで何人かの魔導師の方とお会いして参りましたが、これほどの色は初めて拝見します」

「それはつまり、ヤルンの魔力が多いということよね。凄いわ」


 素直に感心する姫の向かいで、俺は背筋に冷たいものを感じていた。シンは王宮深くに勤め、王族に直に接する人間だ。当然、名高い魔導師と顔をあわせる機会もあるはずだ。

 その彼が、「これほどの色は初めて拝見」するだって……?


「ようやく気付いたようじゃのう。お主ほどの魔力を持つ人間は、この王宮にもおらぬのじゃ。魔力のコントロールの方法を教えてやれる者もしかり」


 そんな馬鹿な。だって、ユニラテラ王国は軍に力を入れていて、魔導師兵も多く抱える国じゃないか。その中枢に、俺を指南出来る人間がいない?


「魔力量が違い過ぎれば、うまく導いてやることは不可能じゃ。お主が万が一、術を暴走させた時には防ぐすべもないしのう」


 暴走。たとえば、以前の火事現場の時のようなパターンだろう。あれだって、俺と拮抗するくらいの魔力か、魔術の熟練度がなければ防げなかったと言いたいのだ。


「それにもう一つ、気付いていないことがあるぞ」

「これ以上、他に何が……?」


 自分で完全にコントロール出来るようになるまでは、師匠の庇護下から解放される日が来ることはない。その事実に打ちのめされて項垂れモードの俺に、師匠は更なる波状攻撃を仕掛けてきた。文字通りトドメの一撃である。


「お主の魔力は未だ増えておる途上じゃ」

「……はい? ふ、ふえてる? 増えてるぅ!?」

「わしの見立てでは、見習いになりたての頃のお主は、腕輪でいうと薄い赤くらいの魔力だったはずじゃ。それでも十分に多かったがの。三年と経たず、これほどまでに成長するとは」

「どどど、どうしてっ? だって魔力は生まれつき決まってて、増えないって言ってたじゃないスか! 増えてもちょっとだけだって!」


 有り得ない有り得ない。今だって十二分に持て余しているのに、増えてるって何だ。どーなってんのこの体は? 衝撃の事実パート2に焦りまくる俺に、師匠は髭を撫でながら、こともなげに告げた。


「元の量が多いから、『ちょっと』の幅が大きいのかもしれぬ。安心せい、もう少ししたら落ち着くじゃろうて」


 それって、今後もまだ更に増えるってことじゃねぇかよぅ! わぁあぁぁあ!



「元気出しなよ」

「うぅ、無理……」

「はい、替えのハンカチ」

「さんきゅ……うぅうぅ」


 キーマから受け取ったハンカチで顔をぐしぐしと擦る。ものの見事に爆砕した俺は、帰り着いた自室のベッドで泣きに泣いた。夢に手が届きかけたのが魔力のおかげならば、その扉をぴっちりと閉じたのも魔力だなんて皮肉過ぎる。


 涙は後から後から流れてきてしまい、キーマが訓練から戻って来るまでには持ち直そうと努力したのだが、現実が辛すぎてどうしても無理だった。

 キーマも初めて見る俺のマジ泣きを前には、からかいの言葉も出なくなってしまったらしい。こうして先程からハンカチを何枚も差し出してくれる。明日は洗濯しまくり決定だ。


「話が完全に消えたわけじゃないんでしょ?」

「ほ、ほりゅうに、して、くれる、って」

「なら良かったじゃん? 就職内定ってことでさー」

「よぐ、ない!」


 いつ入れるか分からない就職口なんて、空手形もいいところだ。そんな不確かな幻で、心に空いた大穴を満たせるものか。魔力問題が解決するまでは一人でどこに行くのもお預けってことなんだぞ!

 収まりかけていた腹が再び煮えくり返ってきたら、またしても涙がぐわっと下目蓋を押し上げてくる。


「あちゃあ、重症だなぁ。頼むから部屋を吹き飛ばさないでよ?」


 そう思って俺も一生懸命堪えているのだ。激しい感情のせいで体内の魔力が盛大に揺れているのを感じる。多少周囲に漏れてしまっているらしく、棚や物がコトコトカタカタ音を立てた。


「うぐぐ……」


 当面出来るのは、枕に噛り付いて歯を食いしばることくらいだ。必死に掴んでいる精神の手綱を放したら、暴れ馬みたいに飛んでいってしまいそうな気がする。お願いだから刺激しないでくれ。


「それで、明日はどう説明するのさ? 他の皆はともかく、ココはヤルンを心配してたんだから、ちゃんと話してあげなよ?」

「!!」


 わぁ、そっちはまだ何も解決してなかった! やがて訪れる明日を思い、俺は余計に頭を悩ませることになるのだった。


 《終》

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