第12話 暴君様?再臨③
「ねぇ、何か失礼なこと考えてない?」
「いっ!? いや、考えてませんよ?」
どうして皆こぞって俺の心を読むんだよ。そんなに分かりやすい顔してるのかな……? とにかく今は妙な追求をされる前に話をすり変えなくては。
「そ、それより、ただお茶をするためだけに呼んだんじゃないんでしょ」
「そうね、そうだった。あぁ、もちろんお茶もしかったのよ?」
再び姫は笑みを深め、手に持っていたカップをことりと受け皿に置いた。のどが渇いていたのか、透明なカップは空になっており、傍らに控えていたシンがスッと歩み出ておかわりを注ぐ。洗練された動きだ。
そうして新しい紅茶でカップが再び満たされるのをじっくりと見守り終えてから、彼女はルージュの引かれた唇を開いた。
「ねぇ。貴方、私の護衛役にならない?」
「うぇっ? 護衛役……?」
何を藪から棒に。護衛役とはなんのことだ? 意味が分からず呆気に取られてしまったが、俺はすぐに思い知ることになる。姫のその提案が、俺の未来を大きく揺るがすほどの一撃だったことを。
「勤めてくれる人を探してたのよ。最低限の人数は充てられているし、あとは近衛騎士団から好きに人材を引き抜いて良いって言われたんだけど、なかなか適任者が見付からなくて」
「好きにって、景気の良い話ッスね」
適任者が見付からないという嘆きは、想像に難くない。護衛役というくらいだから、常に傍に付き従って護る仕事だろう。
こんな素っ頓狂で破天荒な人の近くにず~っといるとか、それなんて拷問だよ。考えただけで胃が溶けそうだぞ。
「また何か失礼なこと考えてる」
「いやいやいや」
首をぶんぶん振って否定しておく。はぁ、勘が良すぎる相手はやりにくいなぁ。
「でも、どうして俺をその護衛役に? 俺なんて、修行中の身ですし……」
王都の実力者達からすれば俺はまだまだ、まだまだ未熟者だ。まして、兵士として積んできた訓練と護衛役では、重なる部分はあってもイコールじゃない。少なくとも今の段階では、悔しいが王族の護衛など務まるはずもない。
でも、これって考えてみたら「引き抜き」……だよな? 想像とはまるっきりの不一致だが、スカウトだ、多分。他人から望まれることは(師匠はノーカウントとして!)初めてで、気持ちが舞い上がりそうになる。
「考えてはくれるみたいね?」
俺の反応に脈ありだと感じたのだろう。姫は人差し指をぴんと立て、交渉の姿勢に入った。
「私だって、すぐに正式な護衛役として仕事しろ、なんて無茶は言わない。訓練なら、仕事を覚えながら続けたら良いわ。そうね、当面は騎士見習いってことでどう?」
え、今、なんて言った? なんかするっと凄いこと言わなかったか……?
「ききき、騎士? 今、騎士見習いって言いました!?」
俺の見事な食いつきっぷりに満足したらしい。セクティア姫は「当たり前じゃない」と請け合い、二杯目の紅茶を一口含んでこくりと飲み下す。
「私、これでも王族よ? 王侯貴族を主人にして、仕えるのが騎士でしょ。中には領地を与えられた騎士もいるけれど、あれだって間接的に国王に仕えているのと同じよ。領地に団員を抱えて、何かあれば王都に馳せ参じるのが使命だもの」
「じゃあ、じゃあ、セクティア様に仕えれば、俺は騎士になれるってことスか……!?」
ほぼ確定と思いつつも、確かめずにいられない。不安と期待が半々の眼差しで俺は答えをじりじりと待った。
「そういうこと。私は気心の知れた護衛役を得られて幸せ。貴方は、見習いだけど騎士になれて幸せ。ねぇ、悪い話じゃないと思わない?」
急展開に頭がくらくらした。悪い話どころの騒ぎじゃないぜ。今、目の前には夢にまで見た憧れの「騎士」への道が開けていて、手を伸ばせば届く距離にその道への切符がぶら下がっているのだ。
本音は、一息に飛び付きたい。こんな好条件の話、そうそう転がっているものじゃないからだ。訓練期間もくれるというし、様々な人材や物資が集まる王都は腕を磨くのにもってこいの環境だ。
「あぁ、宮廷魔導師の方が良かったら、そっちで手配するわよ?」
「イエ、そこは騎士でお願いシマス」
「そう?」
危ない危ない。ここまできて劇的! 進路変更をされたら後悔しきりである。しっかり断っておかなければ、兵士見習いの時の二の舞はまっぴら御免だ。
「うーん、ちょっと性急過ぎたかしら。私、いつもそうなの。夫にもよく叱られるわ」
「有難いし、嬉しいんス。でも、本当に俺に務まるのかって不安もあって……」
っていうか、護衛対象がこの人だろ? そこもネックだよなぁ。
俺は何かを避けるように目線を膝へと落とした。運命の決め時だろうに、怖気づいてしまう自分が悔しい。キーマやココはどう思うだろう? という懸念もある。応援してくれるだろうか。
お互い兵士なのだから、生死に関わらずとも永遠に一緒にいられるわけではない間柄だ。きっといつかは、どこかでバラバラになるだろう。けれど、俺にとってはそれなりに大事な仲間だし、「その時」までは一緒にいたい気もする。
「……」
しんみりとした空気がしばし流れ――ぶち壊す人がやってきた。
「ヤルンよ! お主を手放す気は一切ないぞ!」
ばーん! と扉を盛大に開けて入ってきたのは……赤ら顔をした師匠だった。げっ! この人のことすっかり忘れてたよ。だって思い出したくなかったから!
「し、師匠っ? どうしてここへ」
「どうしたもこうしたもないわい。お主が訓練に来ないと聞いて、わしが放置すると思うたか!」
「それは……」
思わない。師匠が訓練を休ませてくれるとか、全然考えられない。
だからって城の奥まで追いかけてくるなんて思うかよ! 途中、何人も見張りが居ただろ、どうやってセキュリティ突破したんだよ!? 問い詰めるのも怖過ぎるぞ!
「こ、これは俺の問題です。師匠は関係ないんだから、放って置いて下さいよ。訓練なら後で補習受けますから」
「何が『関係ない』じゃ。わしはお主の師匠で、上官で、保護者じゃろう。お主の全てを決める権利がある!」
はぁ? ホラを吹くんじゃない。師匠で、上官で、保護者……は微妙だが認めるとしても、俺の進路まで決める権利があるものか。
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