第12話 暴君様?再臨②

「やっぱりこうなるのか……はぁ」


 通された広々とした客間でソファに体を鎮めながら、ひとり頭を抱える。セクティア姫は人払いとお茶の手配をしてくると言って出て行ってしまった。

 王族なのだから、自分でせずに人に任せればいいだろうに、考えるより先に体が動くタイプなのだろう。


「ったく、放っておいてくれっての」


 愚痴が、後から後から溢れてくる。

 客間はクリーム色を基調とした、暖かみを感じる部屋だった。広さは俺が寝泊りしている自室のゆうに2~3倍はある。白いテーブルに弾力のあるソファ、豪奢なシャンデリアと、そこかしこに飾られた花々……別世界に来た錯覚に陥る。


「今頃、大騒ぎしてなきゃ良いけど。無理だろうなぁ」


 最後の手段を突き付けられて、俺は観念するしかなかった。まさか姫を、なんの前触れもなく兵士の訓練の場に連れていけるわけがあるかい。卒倒者が出るわ。

 でも、予想し得る最悪のシーンを回避しただけで、部屋に帰ったら事情聴取に呼び出されるだろう。確実に。


「師匠が丸く収めといてくんねぇかな。駄目だよな」


 借りを作るのは癪だが、王族に知り合いがいる師匠なら、信憑性の高い説明をしてくれるだろう。ただし、それで丸く収まるかは別問題である。

 怖いのは、任せると反対に騒ぎが大きくなる恐れがあるという点だ。あのじいさん、魔術と同じくらい、トラブルを肥大化させる才能があるからなぁ。


「関係ない師範には頼みづらいし……。そうだ、キーマを巻き込もう」


 我ながら良い思い付きだと思った。キーマなら、ちらっとだがセクティア姫と面識があるし、口もうまい。お礼に何か交換条件を出しさえすれば、大人相手にも上手に渡り合ってくれるはずだ。


「よし決定!」

「何が決定したの?」

「わっ。い、いや、なんでもありません」


 突然声をかけられてソファから足が浮く。思考に沈み過ぎて、姫の入室に気づかなかったようだ。この人はスウェル城でも一人でうろついていたし、気配を殺すことに長けているのかもしれない。一体何者なんだか。


「だから、その喋り方やめてって言ってるでしょ。久しぶりに会ったのに、寂しいじゃない」

「ですが……」

「ヤルンの立場も分かるから、別にタメ口をきけって言ってるんじゃないわ。前はもっと軽い感じだったでしょ。あれで良いのよ」

「はぁ。しかし、私ももう十四になりますし、前のようにと仰いましても……」


 いつ会っても無茶を言うお方だ。それでもなお言い淀みながら、ちらりと入口の方へ目を向けると、長身の男性がひとり静かに控えているのが見えた。


「あぁ、彼なら大丈夫。前の時も同席してくれていたし、貴方を咎めたりしないわ」

「本当に、不敬罪で処分されたりしませんか?」

「しないしない。誓って、そんなことにはさせないから」

「そこまで言うなら……分かりました」


 セクティア姫がにっこりと微笑む。つくづく強情な人だ。こうと決めたら絶対に曲げる気がないのだから、周囲はさぞ普段から持て余していることだろう。


「あぁ、来たみたい」


 とんとんとん、とノック音が聞こえ、控えていた男性――シンという名らしい――が扉を開く。届けられたのは白布の掛かったワゴンだった。

 シンがワゴンをテーブルに寄せ、掛けられた薄布をそっと摘まみ上げると、二組のティーカップと受け皿、ポットなどが現れる。


「わ……」


 思わず感嘆が零れた。何故なら、ティーセットが透明のガラス製だったからだ。それも、ただのつるりとしたガラスではない。その薄い表面には、縦横無尽に蔦や花の模様が緻密に彫り込まれている。


 ポットにはすでに茶葉とお湯が注がれており、紅茶らしき液体から湯気が立ち上っている。その明るい赤色が、ガラスの中で揺れる様はまるで宝石のようだ。

 芸術を解さない俺にも細工の美しさがダイレクトに伝わってくるデザインに、ココが居たらきっと目を輝かせて見入ったことだろうと思った。


「ね、素敵でしょ。ティーセットも紅茶も、私のお気に入りなの」

「凄い……」


 素直にそう言うしかなかった。親が商人で、色々な売り物を取り扱っていたから、このティーセットの価値はなんとなく解る。

 んん、ちょっと待てよ。もしかして、今からこれで「お茶会」しようってのか? 大丈夫かなぁ。うっかり割りそうで超絶怖いんだが。まだ死にたくないぞ。


 そうやって冷や汗をかいている間にも、シンはポットからカップへ紅茶をコポコポと注ぎ淹れ、(一応の)客人である俺の前に出してくれた。


「どうぞ」

「ど、どうも」


 これほどセクティア姫のプライベートに入り込んでいるのだから、彼はよほど親しい使用人なのだろう。彼自身、身分が高い人物である可能性も十分考えられる。


 湯気がゆるゆると上がり、辺りには花のような香りが漂う。この香りは姫が纏っているものと似ているから、きっと余程の好みなのだろう。

 次いで出されたお茶菓子は、小さく切り分けられたケーキだった。粉砂糖が雪のように降りかかっており、脇には柑橘系のジャムが添えられた、これまた美しい一品だ。変にごてごてと飾り立てていないのが、逆に有難い。


「美味しそうッスね」

「さ、召し上がれ」

「頂きます。……うまっ!」


 フォークを口に突っ込んだまま、言いかけて固まる。おっと、多少の粗相を許されたとはいえ、あんまり不躾なのはよろしくない。最低限の礼儀は弁えておかなければ、後々周りの人間に迷惑をかけてしまう。


「気にしなくて良いって言ってるのに。強情ねぇ」


 貴方がね。まぁいいか。お茶もお菓子も美味いし、ウダウダ悩むのは俺の性分に合わない。こうなってしまった以上、ある程度は楽しまなければ損である。


「へぇ、やっと『らしい顔』になったじゃない」

「腹をくくることに決めただけッスよ」

「ふふっ、よろしい」


 なんてね、と笑った。俺よりずっと年上のはずなのに、とても大人には見えない、少女のような無邪気な笑顔にどきりとした。うん、この人って黙っていれば本当に美人だよなぁ。


「あら、私の魅力にやられちゃった? 残念、もう人妻でしたー」

「か、からかわないで下さい」


 やはり残念美人だ。第一王子はまだ独身だったはずだから、この王国において、王妃を除けば誰より尊い身分の女性のはずなのに。どうしてこうもあけすけなんだか。


 旦那である第二王子に心の底から同情したくなってくるぜ。でも、あの王子が妃に選んだんだよな? 王侯貴族お得意の、政略結婚とかいうやつだろうか。

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