第10話 恋の話は王都の華?・後編

『うっ』


 俺とココはのどを詰まらせた。

 そうなのだ。こうしてニコニコとして座っているココだって、敵を前にすれば呪文の一つも唱えて容赦なく吹っ飛ばす魔導士だ。

 今や体術だって自在にこなし、殴る蹴るの猛攻を加える屈強な……やめよう、頭が痛くなってきた。


「鍛えてある分スタイルはいいけど、筋肉質なのも分かってるからなぁ」


 溜息混じりに呟くなり、咄嗟にココに向けそうになった視線を引き戻した。じろじろと眺め回すには最悪のタイミングだってことくらい、俺にだって分かりきっている。


「確かに、かなり筋肉は付いちゃいましたね。おかげで最近体重が増えてしまって……」

『……』


 嘆く少女を前に、男二人は冷や汗を浮かべて顔を見合わせる。この場合、どうフォローすりゃいいんだ?

 ココは出会った頃より背は伸びたが、スリムなのは相変わらずだ。でも、安易に「細い」といえば鍛え方が足りないように聞こえるし、口が裂けても「太い」などとは言えない。正解なんかあるのか?


「え、えーと……脂肪より筋肉の方が重いっていうもんな?」

「まだまだ成長期だしね?」

「そうですね。気にしても仕方ありませんよね」


 無難な回答でなんとかその場しのぎには成功したようだ。成長したなぁ、俺。ホッと胸を撫で下ろしていると、和らいだ空気を失わないよう気を付けながら、キーマが言葉を継いだ。


「まぁ、そういうわけだから今はパス。お城のメイドさんも捨てがたいけどさ」


 王城に仕える侍女達は、白いエプロンがトレードマークのテキパキ集団だ。今もこうして食べ物にかぶりつく俺達の周りを音もなく動き回り、新たな兵士に食事を提供したり食器を下げたり、飲み物を注いだりしている。

 さすがに動きが洗練されていて、垢抜けた女性ばかりだ。まさにプロ根性ってやつなのだろう。


「どっちにしても、俺らが手を出したら絶対に命がないだろうがな」


 念の為に釘を刺しておくと、キーマがこっくりと頷く。


「騎士や臣下とは違うけど、彼女達も王に仕えているんだからね」


 城内のものはすべからく王の所有物と思っても間違いではない。そうでなくとも、訓練生如きに手が届くシロモノではないが。


「あくまで、眺めて楽しむ観賞用ってことだね」

「くーっ、春は遠いなぁ」


 一部のうまく立ち回っている連中を除けば、俺達が置かれた状況は訓練に没頭するにはうってつけ。要するに、余計なことにうつつを抜かすな、ということだ。


「女の子も同じですよ。ここに来て何人かの方とお話しましたけど、皆さん今は恋なんてしていられないって仰ってました」


 城内ではきらりと輝く甲冑を纏った騎士や、いかにも貴族然とした紳士とも擦れ違うことがある。淡い憧れは抱いても、夢中になっているヒマなどないらしい。


「だよなー。女の人は兵役の義務がない分、入った時点でやる気と根性が男とは違う感じがするぜ」


 そう言ってうんうんと頷くと、ココは気恥ずかしそうにはにかんだ。


「ここまでの話を総合すると」

「すると?」


 急に、真面目な顔になって仕切り始めたキーマに注目する。相棒は人差し指を立ててこう言った。


「みんな悲しい独りものってやつ……ぐふっ!」

「んなことまとめんな! 改めて痛いとこ突いてんじゃねぇっての!」


 俺の渾身の拳が見事に腹へと命中した。


 《終》

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