第10話 恋の話は王都の華?・前編
「あの、どうかしました?」
夕食に出た、澄んだスープに目を落としていたところで、ふとココが何かに気付いて首を傾げる。肩を越す青い髪がさらりと揺れた。
「女の子と一緒に食べると、食事の席が一気に華やぐ感じがするよね~」
「えっ?」
「ちょ、いきなり何を言い出すんだよっ」
俺は隣に座るキーマの物言いに吹き出しかけた。笑顔全開の馬鹿野郎にツッコむと、目を丸くしていたココも思わず笑い声をあげる。
「キーマさんて面白いですね」
キーマがココを女性という理由で差別しているわけじゃないと分かりきっているし、空気がいやらしさを帯びるには、彼女はあまりに純粋だった。
それにしても、一日の訓練でぐったりと疲れ、やっとのことで食事というオアシスに辿り着いたというのに、何を爆弾投下してくれやがるんだこの阿呆は!
「ごめんな。コイツ本当に馬鹿でさ」
「ふふ、どうしてヤルンさんが謝るんです? ……ところで、キーマさんはもしかして、女性とお付き合いしたいんですか?」
再び、口に含んだ唐揚げを盛大に吹き出しかけ、慌てて口を両手で封じ込める。じ、女性とお付き合い? ココの電撃発言に、首をねじる勢いで相棒を見る。
「そっ、そーなのかっ?」
「だって、色々な女性にアプローチされても無反応だったのに、今日はちょっと違うみたいですし」
ココの瞳は興味津々だ。
実に悔しいことに、最近更に背がすらっと伸び、剣士としての腕前もそこそこらしいキーマは女子にモテるのだ。告白の場面を目撃したことも、ラブレターらしき手紙を眺めているところを見たこともある。
畜生、思い返すと腹が立ってきたぜ。
でも、俺の知る限りではキーマがそれらに応えたことはない。女の子は華やかでいいなー、可愛いなーとか言うクセに、彼女は作ってこなかったはずだ。多分……。
「ん? もしかしてもう居たりすんの? 俺に黙って、勝手に!?」
襟首を掴んで詰問すると、キーマはのほほんとした表情で笑う。
「あはは、怒るポイントそこ? なんだか彼女か母親みたいだね」
「誰がお前の彼女だっ!」
たとえ自分が女だったとしても、こんな朝が弱くて常にぼーっとしていて何を考えているか読めない男はお断りだ。相手は憧れの騎士様に決まっている……って何・の・話・だ!
「また何か一人でノリツッコミしてない? 帰ってこーい」
「私もお母さんっていうの分かります。ヤルンさん、面倒見が良いですもんね」
「そんな理由で褒められても嬉しくないっ!」
「あ、帰ってきた」
十代前半でオカン認定とは酷い。
ド天然な二人のせいで、食事の席がいつの間にか酒飲み会場みたいな雰囲気に変わっている。でも、このチャンスを逃すと、二度とキーマの恋愛話を聞く機会がないかもしれない。
こんな貴重な局面を逃してなるものか!
「で、どーなんだよ実際。彼女いるんだろどこの誰なんだこの際吐いちまえ!」
「息継ぎ、息継ぎしましょう、ヤルンさん。キーマさんの首、絞まってます」
「ぎ、ぎぶぎぶ……」
はっと我にかえって手を放す。ココが止めに入らなければ、俺はキーマの首を思い切り絞め上げていただろう。意識を失っては、肝心の答えも聞けなくなってしまう。
「……はぁ、殺されるかと思った。そういうヤルンこそ、好きな人いるんじゃないの?」
「はぁ? なんでそこで俺の話になるんだよ」
うわ、飛び火してきたぞ。我ながら顔が高潮してくるのが分かる。
「あっ、私も気になります。好きな方がいらっしゃらなくても、好きな女性のタイプとか……」
どれだけ兵士として男共に混ざって生活していても、ココもやっぱり女の子なのだとつくづく思う。そんなに目をキラキラさせて、にじり寄られても困るんですけど!
「まっ、まずはキーマからだろ。そっちの話が先だったんだから。お前が言えば、俺も……言う」
うぅ、逃げ場はなさそうだ。こうなったら覚悟を決めるしかないとばかりに、どっかりと座り直す。が、順番を譲るあたり、俺もまだまだ男として一人前じゃないのかもしれない。
「んー、女の子は可愛くて好きだけど、別に彼女はいないよ。居たら同室のヤルンにバレないわけないし」
「そんなの、部屋で会わなきゃいいだけだろ」
「考えてもみなよ。部屋の外はお城、公共の場なんだよ。他の誰かに見られたらすぐ伝わる。噂が広まる早さはヤルンの方が良く知ってると思うけど?」
「そ、それは……」
「だからって、イチイチ休暇を合わせて密会するのも面倒じゃない」
女の子はそういう秘密めいたやりとりが好きそうだけどさ、と言い、間髪入れず付け加える。
「いつ命を落とすか知れない仕事で安易に彼女なんて作れないし、どんなに可愛くても兵士じゃあ、ねぇ」
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