第7話 香りと共に途切れるもの・前編

 魔導士の弱点といえば、近距離戦と魔力切れだ。前者は体術を身に付けることが解決法になるが、後者はそう簡単にはいかない。

 魔力の量は生まれた時にほぼ決まっていて、幾ら訓練を重ね、知識を得ても、1が2や3にはなっても10にはならないからだ。少ない魔力で魔術を発動出来るよう、効率を上げていくのがせいぜいである。


『お主には必要ないかもしれぬがな』


 師匠は前にどこかで聞いたセリフを吐いて、ほっほっほと笑う。

 そんなことはない。前の消火活動ではかなり消耗したし、未だに俺は自分の魔力量を完全には信じていない。きっと腕輪の石が壊れているのだろう。


「では、始めようかのう」


 沢山の机が等間隔で並ぶ大きな講堂に、しわがれた声が響く。

 もし魔力が尽きて、それでも動かなければならない時にどうするか、というのが今回の講義のテーマだった。


 師匠はどうやらかなり有名な魔導師らしく、ここ王城でも教鞭を振るっている。それも、他から来た奴らもまとめて面倒を見るレベルでだ。

 そのせいで「オマエ誰だよ」っていう顔ぶれが揃っていて、場には互いに実力を推し量るような緊張感が漂っていた。


「まずは身を守るすべを覚えることが先決だが、それは体に叩き込むべきことじゃ。その次に必要なのは何か。魔導士に求められる役割を考えればおのずと分かろう」


 すっと誰かの手が挙がり、「味方の援護・救護です」と発言した。これは常識で、あくまで本題に入る前の確認作業だ。


「そうじゃの。では、魔術以外による援護とは何じゃ?」


 別の誰かが挙手し、「弓による遠距離からの攻撃や、連絡役に回ることなどです」と定型通りの答えを述べる。要するに、突っ込んでいく奴は馬鹿ってわけだ。

 うーん、眠い。俺は空で言えるほど暗記した内容に欠伸をかみ殺しながら、今朝も行われた訓練をぼんやりと思い出していた。



 王都での訓練の中には、すでに弓も入ってきている。見習い弓士が使うような細くて軽いものが与えられて、構え方など文字通り一から教わるのだ。

 指導には教官の他に専門の弓士が補助として加わる。先日知り合ったルリュスを見かけることもある。さすがに話をするのは無理だけれど。


 面白いことに、この訓練では剣士も一緒だ。

 前線でバリバリに凌ぎを削る彼らに弓の技術が必要なのか疑問に思っていると、様々な武器の性質を覚え、臨機応変に戦える兵士を育てることが目的なのだと教えられた。


 キーマは剣以外に槍も扱うようになったと話していたし、一つのことを極めるより、多方面で使える人材を作るためなのだろう。

 そもそも、最初に割り当てられた役割はあくまでその時点での適正を見てのもので、途中で転向する者も多いらしい。中には斧やハンマーなんて変わり種もある。


 こういうと、「もしかして」と思うかもしれない。俺だって「剣士に変わるチャンス到来か!?」と期待した。師範に、「ただし」と付け加えられるまでは。


「魔導士の素養は魔力の有無で決まるものだから、そうそう変わることはない」

 あの時はドキドキしていた胸に、一本のぶっとい矢がぐさりとと突き刺さった気がした。



「どうかしましたか、ヤルンさん?」


 声にはっとする。隣に座って魔導書に講義内容を書き込んでいたココが、不思議そうな顔をしていた。


「え? あ、いやなんでも」


 俺は首をぶんぶんと振って、トラウマに近い回想を振り払った。駄目だ。思い出すだけで心が折れる。詮の無い思考を深めるのはやめよう。心にも魔力にも良くない。


「そうですか? それでは始めましょう」


 言って、彼女は講堂の後ろに設置された棚から持ってきたらしい秤やら椀やらを差し出した。さすがは国の中枢と讃えるべきか、この部屋には様々な設備が整っていて、研修に必要な機材もきちんと揃えられている。

 がちゃがちゃとガラスや陶器が音を立てるのを聞いて、ようやく何をしようとしていたのかを思い出す。


「薬、作るんだよな」

「はい。頑張りましょうね」


 ココがにこりと笑う。初めて出会った頃と変わらない微笑みに安堵し、胸の重みが静まるのを感じた。

 これから行うのが、「味方の救護」の訓練だ。基本は治癒の魔術をかけるのが魔導士の役目だが、魔力が尽きた時でも現場では救護隊としての立ち回りが要求される。そこで、薬の知識が必要になってくる。


「まずはこれか」


 透明の小瓶のふたを開け、中に入っているすり潰された植物を摘んで、てのひらサイズの陶器の鍋に入れる。適量の水を加え、火にかける。今回は薬の調合がメインだから、火を起こすのには魔術を使っても良いことになっていた。


「なんか、良い香りがするな?」


 液体は薄い緑色に染まり、ふわっと柔らかい香りが部屋に立ち込め始めた。


「これ、お茶にも使うハーブだからですよ。きっと鎮静効果があるんでしょうね」

「へぇ」


 こういうことに興味があるとは、やっぱり女の子だな。俺はお茶なんて美味ければなんでも良い性質だからな。ところが、そんな甘い気持ちに浸っていられるのも最初のうちだけだった。


 ハーブ茶だった液体に別の薬草を加えると、色が紫に変化。更にココが赤黒い粉末をひとさじ入れる。鼻の奥にツンと来る、緑の煙が上がり始めた。思わず顔をしかめてしまう。


「おいおい、大丈夫かコレ……」

「レシピは合ってますよ」


 小さな鍋の中身は、すでにどす黒い色でいっぱいだ。俺の胸も不安でいっぱいだった。

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