第5話 魔導士と弓士・後編
「ふぅん」
彼女は全身に纏っていた警戒心をようやく解き、「そっか」と頷いた。
「どうやら悪い奴じゃあなさそうね。いいわ、じーっと見てたのは許してあげる」
「そりゃどうも」
「あたしはルリュス」
にこりと笑って手を差し出してきた。ココとは全くタイプが違うが、陽にやけた肌と健康的な笑顔にはどきっとしてしまう。結構可愛い。
「三ヶ月ほど前からここで訓練してる。将来は騎士団に入るのが夢。よろしく」
握り返そうとした時にそのセリフを聞いて、思わずぎゅっと両手で掴んでしまった。毎日弓を握っている手は骨張っていて、でも柔らかい。
「わっ、な、何? 痛いってば」
「わ、悪い」
驚く彼女の手を慌てて放し、再び謝る。
「俺も騎士志望なんだ。いつか絶対なってやるって思ってる」
「ほんと?」
「本当。マジで!」
なんだかすっかり嬉しくなってしまった。
仲間の中には他に本気で目指しているやつはいなかった。せいぜい親に期待されているとか、なれたらいいな程度で、むしろ故郷で上級兵士として登用されたいと願っている者も少なくない。
だから、目を輝かせて自分と同じ夢を語るルリュスに出会って、夢に現実味が増した気がした。薄っぺらだったものが、厚みを帯びたような感覚を覚えた。
「あたしとあんたじゃエモノが違うけど、ライバルってことね」
「ライバル……」
好敵手。競い合う相手か。滅茶苦茶ワクワクする響きだ。
「アツいな!」
ルリュスはくすくすと笑った。
「変なやつ。でも面白い。どっちが先に騎士になれるか、競争だね」
「絶対負けねぇよ」
「あたしだって負けない」
睨み合って、笑う。握手した手を今度は拳の形に固めて、コツンと軽くぶつけ合う。こんなに胸が躍るのは久しぶりだった。
部屋に戻ってみれば、キーマが半目で私服に着替えているところだった。城の外に出掛けるつもりだろうか。
「あれ、おかえり~」
「やっとお目覚めか。もう昼だぞ」
「うん。ふわ……まだ眠い」
大きな欠伸だ。相変わらずキーマの睡魔は病的だな。師匠が調べて問題ナシの判定が出ているから放置一択だが。
「外に出るのか?」
「ちょっと気晴らしにね」
「道端で寝るなよ」
「あはは。そんな人いないでしょ」
どの口が言うか。睨み付けるとキーマはまた「はは」と笑った。あぁ、そうだ。出掛けてしまうなら武器は置いていくよな? チャンス!
「なら剣貸してくれよ」
「どうぞー。休みなのに殊勝だね」
「まぁな」
「あの女の子に負けたくないから?」
「……え」
さらりと言われ、咄嗟に返事が出来なかった。立て掛けられた剣を掴もうと伸ばした手も途中で止まってしまった。
「お前、なんで……」
「可愛い子だったねぇ」
まさか見られていたとは。てっきり今の今まで寝ていたのだと思って、完全に油断した。キーマは地獄耳、いや、この場合は千里眼? とにかく色々なものを見聞きしている事情通なのだが、野次馬とは趣味が悪い。
「お前は俺のストーカーかよ」
「うわ、酷い言われ様。たまたまだって。起きて外を見たらヤルンが歩いていくところが見えたから、何処に行くのかな~って」
それをストーカーっつうんだよ、この耳年増め。ん、なんか違うか?
「声かければ良かっただろ」
「嫌だな、そんな野暮じゃないよ」
「ずっと見てる方が野暮だ」
へらへらしやがって、本気で腹が立ってきたぜ。こうなったら、なんとしても反省させなければ気が済まない。どうすればダメージを与えられるだろう? やはり物理攻撃か、或いは魔術で……。
「あれ。その顔、何か物騒なこと考えてない?」
「別に」
ぷいっとそっぽを向くと、キーマも本気でまずいと感じたらしく、弁解してきた。
「悪かったって。お詫びに何か買ってくるからさ」
「物で釣ろうって魂胆かよ。俺はそんなに安くない」
「ん~、じゃあ今度あの子の情報でも仕入れとくかな」
「えっ! なな、何言って」
思わず反応してしまい、恥ずかしさでかっと顔が熱くなる。キーマが面白そうに笑った。完全におちょくられていると分かっていても、うまく考えが回らない。
「お、俺は、別にっ」
「良いって良いって。ココには内緒にしておくからさ」
「だからっ、あいつはそんなんじゃないんだって! ってか、なんでココが出てくるんだよ!」
「任せといて。じゃあ行ってきまーす」
焦りに焦りまくる俺を置いて、あいつは颯爽と出ていってしまった。
これは、誤解を解かなければまた変な……今度は色恋沙汰の噂を流されてしまうのでは!? そう気付いた時点で、剣のことなど一切手につかなくなってしまったのだった。
《終》
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