第5話 魔導士と弓士・前編

「はー、休みかー」


 大きく伸びをして、ベッドからがばっと起き上がる。同室のキーマに向かって言ったつもりだったが、予想通り未だ夢の中。当分目覚める様子はなかった。


「たまの休みだし、眠らせておいてやるかな」


 わざわざ起こすのは面倒だし、朝から無駄に魔力を使っても仕方ない。俺は一人で朝食を取り、今日一日の過ごし方について考え方を巡らせた。


「外に出るのもいいよなぁ」


 訓練生でも、届けを出せば街へ繰り出せる。微々たるものだが給料だって出ているし、息抜きは大事だ。

 これまでも買い物に出る度に見たことのない物達に目を奪われた。美味しそうな食べ物、煌びやかな工芸品、上等な服……。魔導具店もスウェルのものとは段違いの大きさだった。いつかココでも連れて中を覗きたいと思っている。


「それとも、剣の練習でもするかな」


 毎日の訓練でいくら体力を付けても、剣はやはり振っていないとものにはならない。ここのところ碌に触っていないから、柄の握り具合を忘れてしまいそうだ。


「あ、剣はキーマに借りないと使えないんだった」


 そんなことを呟きながら、考えをまとめようと城内をフラフラしていた時だった。

 鋭い音が耳に届いた。出所を探ろうと耳を澄ますと、再びヒュンッと空を切る音が鼓膜を震わせる。そしてすぐさま、何かが刺さる気配。


「弓の音か……?」


 弓は遠距離から攻撃するにはもってこいの武器だ。熟練者なら一撃で敵の息の根を止めることが出来る。頭に浮かんだのは、そんなどこかで聞きかじった基本的な知識だけだった。


 スウェルでも弓士を見たことはある。一瞬の集中力は、ぎりぎりにまで引き絞った弦に注ぎ込まれ、目標へ吸い込まれるように放たれる。遠目にも、「風みたいだ」と思ったのを覚えている。


 だが、剣か魔術しか教えて貰えない見習いには縁のない武器だった。旅の最中にも見かける機会はあっても、間近で観察するには至らなかった。理由は明快、興味がなかったのだ。


「こっちか……?」


 角を曲がって、弓士用の訓練場へと始めて足を踏み入れる。ここも他と同じくだだっ広い空間の奥に、丸い的が等間隔に並べて置かれていた。

 ひゅっ、とすっ。今度はより近くでその音を聞き取り、はっとして目を凝らすと、的の手前に人影が一つあった。


 こちらに背中を向けているから良くは分からない。背丈は俺と同程度のように思えた。短い髪をバンダナで縛り、訓練生の服装に身を包んでいる。

 横へ回れば、以前見かけた弓士と同じ、真摯な眼差しと揺るがない切っ先。次いで、体をしならせ、撃つ。

 ストッ! 的の真ん中からやや外れた位置に、矢が深々と突き刺さった。


「ん?」


 ふいに、そいつが振り返った。これだけじろじろ観察すれば視線も感じるだろう。俺はマナー違反だったことに今更思い至ってしどろもどろしたが、相手を前面から直視した途端、そんな動揺も忘れてしまった。


「あんた、誰?」

「お、女の子?」


 問いかけにも答えず、不躾な物言いをされた少女は、むっとしてきつく睨みつけてきた。そう、どこからどう見ても女の子だ。


「女の何が悪いっての。あんたも堅物のクチ? だったら放っておいてくれる」

「あ、いや、そーじゃなくてっ」


 ごめん、と正直に頭を下げる。今回はこちらが全面的に悪い。


「いや、弓を間近で見るの初めてで。しかも女の子だったからびっくりして。別に悪いなんて全然思わない。俺の仲間にもいるしさ」


 自分でもうまく弁解出来ているか謎のまま、一息に言った。すると、彼女はこちらの言葉を咀嚼そしゃくするように俺を上から下まで眺めた。


「ふぅん。見たところ魔導士みたいだけど、訓練生?」

「そう。ちょっと前に来たんだ。俺はヤルン。君も訓練生みたいだな」


 動揺が収まらず、なんともたどたどしい話し方になってしまった。

 初対面の女の子と面と向かって喋るなんて、ココ以来じゃないだろうか。ココみたいに同郷ってわけでもないから、どんな態度を取ればいいか首を捻ってしまうところだ。

 俺の名前を聞いた彼女は意外そうな顔をした。嫌な予感がする。


「え、じゃああの、いちゃもん付けてきたチンピラを一撃でのしたっていう?」

「げえっ。あれ、そんな話になってんのか!?」


 半分くらい別の話じゃないか。数日でこれなのだから、今後どんどん酷くなる一方なのは火を見るより明らかだ。こうなったら下手に弁解するより、消えるまで放置するのが得策か。

 少女は「へぇ」と言って、今度は物珍しげな目を向けてきた。大きな瞳に俺がばっちり映り、兵士然とした風貌のせいで長い睫毛が際立つ。


「あのさ、そんなにじろじろ見ないで欲しいんだけど?」

「そっちだって、さっき散々『女の子』を眺め回してたじゃない」


 うぐ、そう表現されるとまるで変態みたいで嫌過ぎる。断じてそんなつもりはないぞ!


「だから、それは弓が珍しくて。それに、女の子だと思わなかったからで!」


 さっぱりとした髪型に、飾り気のない服。筋肉質な体付きは、後ろからでは少年らしく見えた。


「それはそれで失礼だって分かってる? まぁ、私も女に見られたくないから髪を短くしているんだけどね」

「……その気持ちは分かる気がする」


 この間起こしてしまった騒動も、腹が立ったのはココへの偏見意識だった。誰より努力している彼女の頑張りを知りもしないで、女だからと悪口を言われた。


「あの時は頭に来ちまってさ。気が付いたらぶっ倒してた。俺自身も似たような経験あるし、敏感になってるのかもな」


 俺への偏見はほぼ師匠のせいだがな! と心の中だけで主張しておく。

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