第4話 お馴染みの光景・後編

「お前も、女のくせに出しゃばるな」

「……んだと」


 いつもの如く、ここでギクリとしたのは俺じゃなかった。周囲から、今度こそ人の気配が打ち寄せる前の波のように引いていく。


「今、なんつった」


 一歩近寄り、三人との間合いを詰める。特に、先の発言をした三人目の馬鹿を全力で睨み付ける。相手が小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。


「『女のくせに出しゃばるな』だぁ? ココ、何か言う事あるか?」


 やや後ろに立つ彼女の方には一切顔を向けない。女子にこんな視線を浴びせたら死ぬほど後悔するだろうし、視線をそらした瞬間に目の前の馬鹿共が逃げ出す恐れもある。


「て、訂正して下さい! 兵士に男も女もありませんっ」


 ココはぴりぴりとした空気の俺の傍から離れず、毅然とした態度で言い放った。精一杯の勇気だったに違いない。旅や訓練でココが一番身に付けたものは、いざという時の「度胸」じゃないだろうか。


「彼女はこう言ってるぜ? おたく、どーすんの」


 こんな場面では人間の本性ってやつが露わになる。選択肢としては、謝罪か、言い訳か。あるいは三つ目の、最悪の選択か。


「うっ、うるせぇ。女が戦場で何の役に立つっつうんだよ。このクズ」


 言い終わったかどうかの刹那、俺は口の中で用意していたもう一つの術を解放した。指先の一点に全集中力を傾け、手を横に滑らせるようにして放つ。


「わっ!?」


 どさっ! 暴言を吐いた男、つまり三人目の下っ端が突然足をすくわれ、その場に顔から突っ伏した。ざわめきと動揺が広がる。


「な、なんだ?」


 他の二人はいきなりの出来事に完全に腰が引けていた。何が起きたか理解できず、倒れたまま呆けてしまっている男を見下ろし、俺は腕を組んだ。


「おい、起きろよ。頭は打ってないだろ」

「や、ヤルン、大丈夫ー?」


 キーマが人垣の方から心配そうに声をかけてきた。お前まだそんなところに居たのか。どうせ俺じゃなくて、相手の方を心配してるんだろ。このウラギリモノめ。


「平気だよ。運が悪けりゃ鼻の骨か歯くらいは折るかもしれないが、死にはしねぇよ」

「いったい、何したのさー」


 俺は「後で話す」と手で払い、今度はリーダー格に品定めするような目を向けた。


「よう、センパイ。あんたの連れがウチの仲間に酷いこと言ったのに、謝ってくれなくてさ。自分のこと言われるんだったら気にしねーんだけど、仲間を侮辱されちゃあ黙っていられない性分でさ」


 その場にいた全員が「嘘つけ!」とか叫んでいる気がしたが、その話し合いも後でするとしよう。あーあ、疲れてるのに今夜はやることがいっぱいだ。


「代わりに謝ってくれると、お互いスッキリするんじゃないかなぁ」


 睨み合いが続いた、と思ったのは、どうやら俺の勘違いのようだった。


「う……ぐす」

「へっ?」


 よっぽど間抜けな声を出しかけ、続く言葉を慌てて飲み込む。

 親玉と思しき魔導士は、顔の中心に皺を寄せて睨んでいたのかと思えば、急に嗚咽し始めた。目は赤く染まり、端には雫が溜まってくる。


「え、なになに、どういうこと?」

「あの、泣いていらっしゃるのでは……」


 緊迫した空気がまたも一変、今度は俺の方があたふたさせられる羽目に陥った。



「あん時は参ったぜ」


 俺が言い、その時の喧嘩相手――イリクレルが真っ赤な顔で「もう言わないでくれよ」と口先を尖らせた。その顔には年相応の素直さが滲み出ていて、偉ぶっていた時のふてぶてしさや馬鹿っぽさは微塵も残っていない。


「悪かったって。王都に来てお前達を見た時、まるで自分が偉くなったような気がして……調子に乗ってしまっただけなんだ」


 あの後、騒ぎを聞きつけた教官達によって事態は一気に収束した。両方の話から、イリクレル達は態度を、俺は風の魔術で相手をすっ転ばせたことをしこたま叱られた。


「ちっ、もっとバレないようにやっときゃ良かったな」


 転ばされた奴がびくりと肩を震わせている。ちょっと効き目がありすぎたか。ついでに言うと、騒ぎを止めなかった先輩連中もお叱りを受けたらしいが、重要なのはそこじゃなかった。


「今思い出しても、あの時はマジで怖かった。心底、殺されるかと思った」

「なんでだよ!」


 必要以上に相手を責め立てるのは嫌だったし、下手をすると夢への道が閉ざされる、なんてことになりかねない。牢屋は気にくわない奴をブチ込むところであって、自分が入る場所じゃない。


「いーや、あれは本気だった。迫力が半端じゃなかったし。まさかヤルンが凄い魔導師の弟子だったなんてさ。知ってたら声なんてかけなかったよ」


 ぬぐ、またこれだよ。


「あの一件で、ヤルンさんはここでもすっかり有名人ですね」

「ココまでそんなこと言うなよぉ~」


 俺は顔をしかめて呻いた。ちょっと悪戯程度に術を披露してみせたのがいけなかったみたいで、またもや歓迎出来ない噂が立ってしまったのだ。

 相変わらず師匠も「人生最高の弟子」と吹聴しているせいで、嬉しくない方向に名前が知れ渡る一方だ。

 イリクレルがやんちゃっぽく笑って言った。


「きっと、将来は有名な魔導師になるだろうから、今のうちにサインでも貰っておこうか!」

「だ・か・らっ、俺は騎・士・にっ、剣・士・になりたいんだってば!」


 ぎゃあぎゃあ喚くと、キーマが「それはもう良いから」などと首を振る。


「ホント、お決まりのネタだよねー」


 ネタじゃねぇよ!!


 《終》

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