第4話 お馴染みの光景・中編

「じゃあ、『炎の術』を見せてやろう」

「えっ、ホントですか? 嬉しいなぁ」


 あ、まずい。呆れ返り過ぎて台詞が棒読みになってしまった。演技だとバレるかもしれない。


「そうだろそうだろ」


 って、気づいてねぇし! どうしよう。後頭部を殴りつけてやったほうがコイツのためか。いや、でも炎の術は火属性の上位魔術だ。本当に炎を操れるなら、魔術の才だけはそこそこあるのかも……?


「いくぞ」


 言って、口の中でもそもそと呪文を呟き、腕を振り回す。随分と大げさな仕草だ。

 実戦では最小の動きで最大の効果を発揮することが理想で、訓練もそのために繰り返し行う。こんな狭い閉鎖空間で結界もなしに大技を出す訳にもいかず、となると全ては演出に過ぎないということになる。


 分かった。曲芸師を師に仰いでいるんだな。そうに違いない。


「はっ」


 やがて、突き出した指先にぽっと小さく火が生まれた。次いで、他の指にも同様に火を灯す。まるで生き物みたいに光りながらゆらゆら揺れている。


「どうだ。これをちょいと飛ばせば、お前なんてすぐに炭になっちまうぜ」

「そ、そうッスね」


 口元が強張ってうまく返事が出てこない。それを怯えと捉えたらしいソイツは、べらべらと口上を述べ続ける。


「オレの家は代々魔導師の家系でな。ガキの頃から教え込まれてきた。そこいらの奴とは比べ物にならねぇんだよ」

「……」


 どう答えてよいか分からず、俺は完全に絶句してしまっていた。男の言葉が事実なら、魔力を抑える腕輪の効果を加味しても目の前の光景はあまりにお粗末だ。


 代々魔導師で、しかも幼い頃から手解きを受けてきた上でこの程度では、ココはおろかウチの同期の他の連中にだって遠く及ばない。

 そう思って、男の手首を再度確認すると、やはり石の緑は薄い色しか放っていなかった。


 ――うん、もういいや。


 気づかぬ内に、周囲は静まり返って事の成り行きを見守っていた。食事中の兵士の中には年齢がずっと上の大先輩もいて、鋭い視線を送ってくる。興味が半分、牽制が半分といったところか。


「素晴らしいお手並みですね。それでは、恥ずかしながら、ボクも術をご披露するのでご指導ご鞭撻べんたつ願えますか?」


 うぎっとかいう、何かが潰れたような、表現し難い声が方々で上がり、静寂が打ち砕かれた。間髪入れず、がたがたと椅子を立ち上がる音や、少しでも遠ざかろうと逃げ出す靴音が響く。


 オイコラ待たんかい。確かめるまでもなく、スウェルの同期の奴らだろう。「逃げろ逃げろ!」とか「下がれー!」とか、知らない奴にまで声をかけて一斉に避難させている。くっそ、相変わらず猛獣扱いしやがって。後で覚えてろよ!


「ヤルン、がんばってー」


 振り向くと、キーマとココが厨房付近で手を振っていた。おいっ、お前らまでシレっと逃げてんじゃねェよ!


「なんだ、お前。嫌われ者かぁ?」

「めちゃくちゃ下手くそなんだろうぜ。おいおい、頼むから失敗しないでくれよ」

「そう言ってやるなよ、可哀相だろ」


 からからと笑い声が上がる。兵士になる前の俺なら、頭に来て殴りかかっていただろう。そして傷だらけで家に帰って親に叱られて、晩飯を抜かれてしまうのだ。

 今の俺は、そんな記憶がやけに昔のことに感じられて、思わず笑ってしまうくらいには余裕があった。


「何、笑ってんだ」

「いえ、何でもありません」


 すっと息を吸い込み、口の端を引き絞る。一呼吸分置いてから、片腕を持ち上げて男の指先で未だ踊る火の玉を指した。


「室内で火は危ないですよ」


 ぱちん! と指を鳴らす。すると、まるで火がその音にびっくりしたかのように散って、全て消えた。


「な……!?」


 煙だけが細く立ち昇るのを見て、男やその連れはおろか、その場に居た誰もが数秒間、黙り込む。


「おっ、成功♪ どう、俺の術は。是非とも感想を聞かせて欲しいね」


 にやりと笑うと、男は信じられないという顔つきで「何した」と言った。詠唱もなく、指を鳴らしただけで魔術によって生み出された火が消えた。大多数の人間にはそう見えただろう。


「水で火を消しただけだぜ。あれ、こんな近距離なのに気が付かなかった?」


 へらりと笑う。えぇと、人を小馬鹿にする時って、こんな顔すれば良いんだっけ?


「指を弾いたのは合図。それに合わせて準備しておいた魔術を発動させた、ですよね」


 ココがゆっくりと近付き、にこりと微笑んだ。俺は懐から、縮小させた魔導書を取り出してわざとらしく振ってみせた。


「ちぇ、やっぱココの目は誤魔化せなかったか」


 彼女は、発想には驚かされたと評してくれた。


「お話の途中で動かしていた唇の動きから水の術だと分かりましたから、避難する必要なんてないと思ったんですけど」

「えー、何が起こるか分からなかったし。その方が面白いじゃない」

「やっぱりお前か。面白がるな!」


 キーマはまだ警戒しているらしく、全く近寄ってこない。ま、アイツへの仕返しは後に回そう。今は目の前の奴らの処理が先だ。


「た、ただの水術でいい気になるなっ」


 一つ言っておく。水系統は治癒から攻撃まで幅広く使えて、戦いでは欠かせない属性だ。そんな初歩的な知識もなく、「ただの」なんて馬鹿にしている時点で、程度が知れている。


「そうだ。それくらいで、生意気なんだよ」


 どこまで行ってもチンピラはチンピラらしい。と、俺が冷めた目で受け止められていたのはここまでだった。

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