第1話 憧れと足元と・後編

 二つの腕輪は犯罪者の証拠。思いもしなかった事実が、肩に重くのしかかって来る。


「魔力は魔導士にとって人格の一部とも言える重要なものだろう? たとえ揉め事を防ぐ為とはいえ、それを完全に奪う権利は誰にもないというのが我が国の信条だ。ただし、規律を乱す者はその限りではない」


 そう説明されると、びっくりすると同時に納得が行く気もした。


「それでも、君はもう一つの腕輪を望むかい?」


 芝居がかった口調は、街を訪れた客人を怖がらせないための優しさだ。俺は思い切り首を横に振って「いいえ」と答えた。


 犯罪者扱いされたくないのは本当だし、それ以上に「魔力」への認識を改めさせられた。もしかしたら、これが自分の行動に対する責任なのかもしれないと、薄ぼんやりと感じていた。

 少し大人になったような気分だ。


「それじゃあ、行くとしようかの。王都はそれはそれは広い。はぐれるでないぞ」

「はっ!」


 師匠の合図で、俺達はいよいよ王の膝元へと足を踏み入れたのだった。



 予定では、まず城下町の宿に一泊。翌日身なりを整えて登城。お城のお偉方に挨拶。許可が得られれば数日滞在して共同訓練に参加、という流れらしい。

 さすがは王都だ。宿も俺達のような者が優先的に部屋を取れるところがあり、困ることは一切ない。


「うっわ」


 巨大な壁の向こう側は、街の入り口を抜けた時点ですでに煌びやかだった。

 すっと高く伸びる建物はどれも高級住宅の雰囲気を醸し出し、あちらには珍しい出し物に群がる人、こちらには目も眩むような宝石を売る商人と、息つく暇もなく視界に飛び込んでくる。


 往来を行く人も鮮やかな服を着て颯爽と歩いている。街の一住人に過ぎないはずなのに、うちの領主サマよりも着飾っている気がする。


「呆けてると置いていかれるよ」

「ちょっ、待ってくれよ~!」


 ぼんやりつっ立っている間に一行から遅れてしまいそうになり、俺は慌ててキーマの隣まで走って追いつく。右も左も分からない場所で、マジで置いていくなんて酷過ぎる。


「やっぱすっげぇな。目ェ回りそうだぜ」

「そんなにキョロキョロしてるとぶつかるよ。田舎者だって笑われても知らないからね」


 ふん、今更構うものか。どうせ取り繕ったところで、いずれボロが出るのだ。だったら最初から恥など捨てて楽しんだ方が得に決まっている。


「この格好を見たら、余所から来た訓練生だってのはもろバレだろ」


 制服は出身地によってデザインも色合いも違う。胸のバッジだけが全国共通で、階級がすぐに判断出来る仕組みだ。


「ヤルンて結構、打算的だよね」

「お前に言われると釈然としないんだけど」


 キーマも、そうは言いつつもちらちらと通りや店に目を遣っていた。


「城下町を見て回っちゃあ駄目……スよね」


 ぼそっと呟く。あれもこれもそれも、みんな俺を手招きしているみたいに楽しそうで、ワクワクしてしまう。思わず走り寄って、そこかしこでたむろする連中の輪に加わりたい。


 多分、師範に「たるんだことを言うな」と叱られるんだろうな。他の奴らも内心俺と同意見なのか、期待と不安が混ざった表情で事の成り行きを見守っていた。

 返事は意外なものだった。


「訓練の合間にも休みは取れようし、日程を全て終了すれば時間もあるだろう。それまでは我慢することだ」

「……ありがとうございますっ!」


 ぱっと喜びが弾け、思わず最敬礼で頭を下げた。

 師範は「『我慢しろ』と言ったのに礼を言うな」と頬をかいていた。普段は厳しくても、こんな瞬間に優しさが感じられるから好きだ。つくづく、師匠なんかより余程人間が出来た人だと思う。……ってうわ、睨んでる!


「ははははははは」


 乾いた笑いで誤魔化して目をそらす。この数ヶ月で学んだ処世術だ。こんな技能を身に付けても、ちっとも嬉しくはないけれど。

 何度も王都を訪れたことがあるのだろう。師匠達の足取りに迷いはなく、街の入り口で兵士に渡された地図を片手に、馬の手綱を引きながらすたすたと歩いていく。


「おぉ、ここじゃな」


 着いた先は縦に細長い建物で、開かれた玄関先に小さな女の子が立っていた。年齢は7・8歳くらいか。俺達に気付くと、ふわりと広がったスカートを靡かせて振り返る。


「あっ、お客さま? ようこそおいでくださいました!」


 ぺこっと下げる頭は明るい茶髪のツインテールで、手入れが行き届いている証に天使の輪っかが出来ている。にこりと微笑む笑顔が可愛らしい。


「王都まで旅をしてきた兵士隊なんじゃが、部屋は借りられますかな?」


 その微笑ましさに絆された師匠が、少女を怖がらせないように訊ねる。女の子の方はこんな客に慣れているのか、さした動揺も見せず、「中へどうぞ!」と請け合った。

 中は小奇麗に掃除され、床はぴかぴかだ。決して新しさはないが、長年兵士を受け入れ、この国を見守ってきた雰囲気が伝わってきた。


「お母さん、お客さまだよー!」

「はぁい」


 隅にちょっと落ち着くスペースがある以外は、カウンターと階段があるのみのシンプルな玄関である。そのカウンターの奥から、誰かが顔を覗かせた。

 髪を後ろで束ねた、化粧っ気の薄い細面の中年女性だ。使い込まれたエプロンをぱたぱたと揺らしながら、こちらにやってくる。


「ようこそ、おいでくださいました。お泊りでよろしいですか?」


 にこりと笑った顔が女の子にそっくりで、なんだか嬉しくなる。こうして俺達は緊張し通しの初日を終え、明日に向けて疲れた体を休めるために眠りについた。……はずだったのだが。


「ね、眠れねぇ」


 明日はいよいよ王城への挨拶だ。街の入り口で通行人のチェックをしていた兵士でさえあの貫禄。本物の騎士とは、一体どれほど素晴らしいのだろう。

 そう考えたら目がギンギンに冴えてゆっくり寝るどころじゃない。せっかく夜の訓練が免除されたのに、遠足前日のガキかよ俺はっ。


 隣のベッドでは、気持ち良さそうに寝返りを打つキーマの姿。うぅ、この爆睡王め。


「お前も少しはキンチョーしろよっ」


 明日の朝は絶対起こしてやらん、などとつまらない決意を固めながら、俺は天井の木目を視線でなぞりながら眠りの呪文を呟き始めたのだった。


 《終》

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