第1話 憧れと足元と・中編

 入り口には兵士が二人立っていて、鋭い視線を全身に浴びせてくる。どちらも中年といったところか。ピカピカに磨き上げられた甲冑は鈍く光を照り返し、年季の長さを感じさせた。腰に帯びた剣をいつでも引き抜けるよう構える姿に緊張感が走る。


「……」


 流れに沿って入口の奥へ進むと、別の兵士が街へ入る者達の審査を行っていた。師匠達はその兵士と会話を交わし、身分を証明するものを見せる。こちらの兵は見張りよりやや年上に見え、身分も高そうな雰囲気だ。


「魔導士の人数は?」


 魔導士って、俺達のことか?

 疑問を解消する間もなく、師匠が俺やココを含めた魔導士の数を数えて伝えると、兵士は人数分の細い金属製の腕輪を差し出した。飾り気のないその金輪には一つだけ、紫色の石が付いている。


「魔力を持つ者はこれを嵌めないと入れない決まりになっている」


 言われるままに受け取ると、見た目よりずっと軽い腕輪からは「何か」を感じた。キーマはきょとんとして俺の顔と腕輪とを見比べている。私語を慎めと命じられていなければ「どうかした?」と聞いただろう。


 なんだろう。うまく説明は出来ない。でも、状況からしてもただの腕輪じゃないことは明らかだ。金輪からも、石からも、なんらかの魔力が発せられている。

 腕輪は半円形に開き、左手首に嵌めると、カチリと音を立てて元の形に閉じた。


「……っ!?」


 瞬間、ぐらりと体がよろめいた。視界が白みを帯び、まるで突然血でも抜かれたみたいに全身から力が抜けたのだ。


「うわっ、ヤルン!? ココも、大丈夫!?」

「あ、あぁ。悪い」

「だ、大丈夫です」


 驚いたキーマが咄嗟に支えてくれたおかげで、なんとか地面に突っ伏さずに済んだが、そうでなければ危なかった。後ろに並んでいたココもよろめいたみたいだけれど、俺と違ってなんとか踏み止まったようだった。


「む? そちらの者達はかなり魔力が強いようだな」

「え……」


 自分が声をかけられたことに気付いてそちらを向くと、腕を見るように指示される。改めて腕輪に視線と落とすと、紫だったはずの石が赤黒く変色していた。うげっ、なんだこの趣味の悪い色は。


「それは街の中で要らぬ揉め事を防ぐ為に、魔力を抑える腕輪だ。石はその強さに応じて色を変える性質を持つ。濃い赤は――最も強い魔力の証だ」


 じゃあ、さっきの眩暈は魔力を無理矢理押さえ込まれたせいだったのか。……じゃなくて。


「えっ、うぇっ、もっとも強い……!?」


 狼狽えまくりの俺の心中などお構いなしに、兵士は大きく頷いて再度説明をした。


「低い者から紫、黄、緑、青、そして赤の順で染まる。強さによって濃さも変わる。そちらもなかなかのようだな」


 誰と問う前に分かった。ココのことだ。彼女の細腕にぴたりと嵌った腕輪の石は、透き通るような深い青色。当人は注目されて恥ずかしいのか、頬を赤らめて俯いていた。


 他の連中は黄か緑がほとんどで、うち二人が石を青く染めていたが、どちらも薄く水色に近かった。そんな中で俺の石は、まるで竜の瞳のように惜しげもなく赤く、濃い。

 悪趣味過ぎだろコレ。なんなんだこの不吉なまでにドスの効いた色は。本当に血でも抜かれたんじゃないだろうな?


「さすがは、わしが見込んだだけのことはある」


 言って髭をさするその腕の石は赤。さすがはどっちだよと思っのも束の間、俺はぎょっとなって固まった。師匠の石は確かに赤かったが、俺のよりも淡い色をしていたのだ。

 それはつまり、俺の魔力の方が、熟練の魔導師である師匠より強いってことで……? いやいや、有り得ない! 何かの間違いだよな!?


「将来有望な若者というわけだ」


 がっしりとした体躯の兵がその容姿に似合わぬ人懐こい笑顔を俺に向け、師匠が「いかにも」と同調する。

 ちょっ、そこ待った! 将来有望ってのはともかく、中身が素直に喜べないんですけど!?


 そんな心の叫びは今回も虚しく胸のうちに響き渡るのみで、兵士は腕輪についての説明を再開した。


「腕輪は大抵の者の魔力を、約半分までに抑える。魔術の効果は半減し、ものによっては発動しなくなることもある」


 彼は何故かここで一呼吸置き、俺とココ、そして数人の魔導士を視線で捉えた。かち合った瞬間、長年兵士として生きてきたであろう者が発する、刺すような痛みが俺を貫き、一瞬体が強張った。


「しかし、それほど強い魔力では抑えてもせいぜい緑程度が限度だ。くれぐれも気を付けるように」


 ……ちっ、またかよ。正直、げんなりだ。いつもいつも気をつけろと注意ばかりされているのだから仕方ないだろう。


「あの、二つ付ける、って訳にはいかないんですか?」


 おずおずと切り出す。俺だって面倒事は御免だ。常に気を張り詰めているより、その方がずっと気楽じゃないか。


「いいや、駄目だ」


 すると、兵士は真面目な表情のまま首を横に振った。なにやら、妙に不穏な感じだ。


「確かにそうすればほぼ全ての魔力を抑えられる。が、腕輪を二つ嵌めて街中を歩いたら、即刻捕縛される」

「捕縛……?」

「それは悪事を働いた魔導士の証だからだ」

「いっ!?」

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