第3部 王都編

第3部・第1話 憧れと足元と・前編

 とうとうここまでやってきた。

 俺は全身をぶるぶると武者震いに襲われながら、山道を右に折れ、そこから先に広がる景色を眺める。ちょうど小高い丘の上に出られ、眼下に街を見下ろすことが出来た。


 巨大の一言に尽きる。街を覆う白壁だけでも十二分に旅人を圧倒するデカさだが、俺の目を釘付けにしたものは更にその奥にあった。

 師匠が立ち止まって咳払いをする。


「見えるか? あれが、この世を貫く剣とも呼ばれる我が国の王城じゃ。城下に入ると全貌は見られぬでのう。ここからの眺めをしっかりと目に焼き付けておくがよかろう」


 天気は快晴。塀はきらきらと魚の鱗のように輝き、俺の故郷の町がすっぽりと納まりそうな大きさの建造物が、神々しく鎮座していた。


「ま、マジかよ……。デカすぎだろ」


 もっとマシなコメントが出来ないのかと問われても、それは無理な相談だ。なにしろ王都の王城は俺の夢の地。これ以上感想を述べたら顎が外れてしまいそうだ。


「本当に大きいですね」


 ココも我を忘れて呟き、他の奴等からも感嘆の溜息が漏れ聞こえる。


「うおお、ここに王国一の騎士団があるのかぁ……」


 王様に仕えてこの国の平和を守る騎士団は、周辺諸国に比肩するものがないほどの実力を誇るという。その中でも名誉を欲しいままにするのが、国王直属の第一近衛騎士団だ。


「エリート中のエリート、超一級の実力者揃いらしいね。見てみたいけど、眩しすぎて目が潰れるかもよ」


 冗談半分にキーマが言い、ココも「それは言いすぎ……とも言えないかもしれませんね」と続く。


「俺、気絶する自信あるぜ」

「それ自慢にならないから。ほんと、ヤルンって筋肉好きだよね」

「誤解を招く言い方ヤメロ」


 あまりに普段から「剣士になりたい」だの、「騎士に憧れる」だの、「ガタイの良い奴が羨ましい」だのと吹聴しているせいか、いつの間にやら筋肉オタクのレッテルが貼られていた。

 単にあのカッコ良さが堪らないだけで、脳みそ筋肉族だと思われるのは心外だ。そりゃ、少しでも強くなろうと毎日トレーニングしてるけどさ!


「師匠っ! 王城っ、行くっスよね? ねっ!?」


 馬上の師匠に詰め寄ると、苦笑交じりに「これこれ」と嗜められた。


「そんなに喰いつかんでも、連れていくから安心せい」

「よっしゃあああああ!」


 言質げんちは取った。感動が体の中で暴れ馬みたいにはしゃぎまわっている。


「旅の間に成長したかと思うたら、まだまだ子供じゃのう。ヤルン、くれぐれも魔力の手綱を放すでないぞ」


 師匠の注意にぎくっと体を強張らせたのは同期の連中で、俺自身は「わかってますっ!」と威勢よく返事をしただけだ。任せとけって!

 本物の王都の騎士が見られるかもしれない。そう思ったら嬉しくて走り出しそうだった。



 大きいだけあって、見えてからも王都までは結構な道のりがあり、また、外壁の一点にある入り口の大門まで辿り着くにもかなりの時間を要した。

 近付けば近付くほど、街はどんどん大きさを増し、途中からは完全に壁しか見えなくなってしまった。辛うじて高層建築の屋根がちらちらと視界に入るくらいだ。


「さすが、王都だけあって厳重な作りだな」


 敵がすぐに攻めて来られないように張り巡らされた壁は真っ白く塗り上げられ、つやつやと光を放っている。


「ここまで堅固になったのは数年前のことらしいがのう」

「『数年前』? それまでは違ったんですか?」


 ぽくぽくと馬の蹄が刻む音を耳に捉え続けながら、俺は師匠の傍で訊ねた。


「以前はもっと、穏やかと言うべきか。隣国との関係が原因だと言われておるが、一説には第二王子の婚姻が絡んでいるという噂もある」


 婚姻、って結婚のことだよな? 待てよ。第二王子と言えば、前にスウェルに視察に来たことがあったはずだ。


「なぁキーマ」


 声をかけて振り返ると、キーマも何とも言えない顔をしていた。きっと、俺と同じことを想像しているだろう。


「原因、あれかなぁ」

「あれだろうな」


 あれ。そう、第二王子の奥さんのトンデモ姫・セクティア妃のことだ。大っぴらには喋るなと口止めされているけれど、あの人の奇行を思えば、何が起きても不思議じゃない気がする。


「すっかり忘れてたぜ。居るんだよな、あそこに」

「それを視野に入れると、あそこは魔窟かもね」


 目線は、今は壁に隠れて見えない王城に向かっていた。まぁ、こちらはしがない一兵士で、あちらは王族だ。再び会うこともあるまい。キーマへ言葉を連ねようとしたら、師範の低い声がそれを遮った。


「手続きを踏む。私語は慎め」


 短く師範が言うのと同時に、全員がぴしりと姿勢を正して口を閉じる。浮付いた観光気分は一旦ここまでのようだ。話し声が途絶えると、早鐘を打つ鼓動がいよいよ大きく聞こえてくる。


 目の前に聳え立つのは巨人でも楽々潜れそうな扉で、その分厚い板の下方に更に小さな扉が付いていた。有事の際以外はここを出入りに使っているのだろう。

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