第8話 手の内の刃・後編
「ほれ、トロトロするでない」
「分かってますって。急かさないで下さいよ」
駄々を
発動までのプロセスは想定済みだ。どうせ失敗しでも成功しても、このじいさんが大人しく喰らってくれた試しはない。だったら、やけっぱちでぶちかますだけだ。
『……留まらぬ者よ。形なき自由の――』
俺は魔力を指先に集め、空気の流れを掴むイメージを頭に描きながら呪文を唱え始めた。ここまでは風系統の他の術と同じだ。
問題はここから先。集めた風をそのまま解放すると爆風になってしまう。
そこを、鞭のようにしならせて敵にぶつける形へと変化させるのだ。風は目には見えないから、魔力の流れとてのひらの感触のみを頼りに「掴む」しかない。
今だ、と思った刹那。
「あっ」
「えっ?」
誰かが小さく声を上げた。その声には警告の響きが含まれていて……俺は大事なことに気が付いた。
「っ、あっ、ここっ」
ここは室内。そして、俺が放とうとしているのは、広範囲の攻撃魔術!
まずいまずい! まず過ぎるっ!!
しかし、初めてこの術を使った俺に今更制御など出来るわけもなく、まして、今の声で集中も途切れてしまった。
「あ……」
風がてのひらからスルリと滑り落ち、世界が白みを帯びる。術者の手を離れて暴れだした空気の渦の向こうで、目を剥く師範の顔が見えた。
うあ、マジでごめんなさい。
数時間後、俺は柔らかい感触を覚えながら目を覚ました。
「お、起きた起きた」
キーマの顔が大写しになる。近い近い! お前何か食べただろ、甘ったるい匂いを寄せるな!
「……あれ、ここ」
どうやら俺は死んでしまったわけではないらしい。
「爆音がしたと思ったら、いきなりオルティリト師に呼ばれて驚いたよ。来てみればヤルンが倒れてて、『看てやれ』だしさ」
「師匠は?」
ゆっくりと上体を起こすと、そこは師匠達の部屋で、俺はベッドに寝かされていたのだった。
頭がまだ少しぼんやりするのは、術を失敗したせいだろうか。制御し損なった魔力が体内で揺れている感じがする。これ、落ち着くまで気持ち悪いんだよなー。
見回すと、壁は傷み、備え付けの家具は倒れ、中身が散乱していた。げげ。
「まったく、なっておらんのう」
声はすぐ近く、隣のベッドから聞こえてきた。何かに寄り添うようにして、手元を動かしている。魔力の動きから、治癒を施しているのだと知った。そのベッドに横たわっているのは――師範だ。
「なっ、師範、まさか、ケガして……!」
慌てて動こうとして、軽い
「急に起き上がるでない。リーなら、爆風で飛ばされただけじゃから心配いらん。お主の傷もついでに治しておいた。感謝せい」
「ほんとだ……」
改めて自身をまじまじと観察すると、確かに服は破れてしまっているが、怪我はなかった。あれだけの衝撃を喰らって無傷でいられるわけがないのだから、師匠の言葉は事実なのだろう。
「はぁぁ」
大きく溜息をつく。屋外で使う術を、よりにもよってこんな小部屋で発動させようとするなんて、注意力散漫も甚だしい。魔導士失格だ。
沈鬱な空気が流れる中、俺は激しく落ち込み――あることに気付いた。
「師匠は平気だったんスか? あんなに近くにいたのに」
師範よりずっと近く、目の前に師匠はいたはずだ。それなのに、まるで何もなかったみたいにけろっとしている。……ん?
「成功したとしても、威力の凄まじさは承知しておるわ。何の手も打たぬと思うたか?」
……。
…………。
…………おい。おいおいおい!
「やい、くそジジイっ! ハナっからヤバイって気付いてたんなら、教えやがれってんだ!!」
くらくらと視界が明滅するのを気力で振り切り、俺は叫んだ。だが、そんなことでしおらしくなる師匠ではない。わざと傷ついた風を装い、口を尖らせる。可愛くない。
「くそじじいとは酷い言い草じゃのう。だいたい、それくらい普通は気付くものじゃろう」
「急かしたのはそっちだろうがっ」
「戦いは時間との勝負じゃ。一瞬の判断を誤れば命に関わると、身を持って体験出来たわけじゃな」
ああ言えばこう言うとは、まさにこのじいさんのための言葉だ。
「もっともらしいこと言って、丸く収めようとしてんじゃねぇよ!」
「爆音がしてやってきた城の者を、説得して返してやったんじゃ。もうちぃと認めてくれてもよかろう?」
「だから、どこのガキの
俺がぎゃんぎゃんと騒ぎ立て、じいさんがさらりとかわす。手元は今も師範の治療中で、よく口喧嘩の最中に魔術を使えるなぁと尊敬するやら呆れるやらだ。うぇ、怒鳴ったら目が回ってきた。
「けど、師範まで巻き込むことなかったじゃないスか」
壁や家具は師匠の術で修復出来る。師匠は自ら結界を張った。でも、師範は魔術を防衛するすべを持たない。戦場なら機敏に察知して避けたにしても、この場では完全に無防備だったに違いない。
「リーも覚悟の上で見学しておったのだから、気に病むな。頑丈さはわしも認めるところよ。第一、お主の術で死ぬなどありえんわい」
フォローという名の嫌味が突き刺さる。ってか、覚悟の上の見学て。「相当な変人」以外に選択肢があったら教えてくれ。
「そうじゃなくて、師範にも『手を打って』くれたらよかったでしょうが」
師匠なら、師範を含め部屋全体を守るくらい朝飯前のはずで、そうすれば最初から被害は出なかっただろうに。
そう文句をぶつけたら、師匠はあっけらかんとした口調で言い放った。
「それは、術者であるお前の仕事じゃ」
俺、今に頭が
《終》
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