第7話 魔力の根源
師匠が、魔導書の上に生まれた小さな魔力の明かりで照らしながら言う。
「よいか。心に留めておくのじゃよ」
円状に集まっているのは魔導士だけだ。今頃、剣士達は近くを流れる川のほとりで素振りを行っているはずである。
周囲には闇が忍び寄っており、あちらこちらから鳥や地を這う獣達の鳴き交わす声が聞こえてくる。
「込める魔力が強ければ強いほど、発動する魔術も威力を増す。同じ術でも魔力の度合いによって、オモチャにも凶器にもなり得るというわけじゃ」
それを証明するように、師匠が集中力を高めたのを肌で感じ取る。
「わっ」
球体の光が瞬間、目を焼きそうなまでに迸り、数人が驚きの声をあげた。
旅をしていると、どんなに計画的に進んでも、町や村に辿り着けない日が当然発生する。そんな時は野宿の準備を追えた後、時間に余裕があれば講義や訓練を受けることになっている。
なお、俺の夜間訓練は更にこの後だ。ったく、寝かせろよな。寝不足は成長の妨げになるんだぞ! 背が伸びなかったら、どう責任を取ってくれるんだ! ……でも、そう問い詰めたら変な魔術をかけられそうで嫌だな。
今日教わっていたのは、魔術の発動のプロセスと制御だった。
「このお話、前にもお聞きしましたね」
全員の気持ちを、俺の隣でココが代弁するように呟く。確かに、見習いとして城に入ったばかりの頃に教わった記憶がある。
「けど、なんか前と違う感じがしないか?」
返事をする前に別の奴が言い、他の数人もそういえばという顔をした。
かくいう俺自身、妙な違和感を覚えていた。どこがとは説明できないが、以前とは何かが違うような、やけに「しっくりくる」ような気がしたのだ。
「ほっほっほ。当たり前じゃ」
師匠が短く笑った。目を痛めるくらいに輝いた光は、すでに元のサイズ・光量へと戻っている。ただし、顔に下から光が当たると、師匠の皺だらけの顔に影が濃く刻まれて物凄く怖いのが難点だ。……わざとか?
「前に話した時、お主らはまだ書との契約を交わしてから数日と経っておらなんだ。頭で理解するのと、体に染み付くのとでは違うというわけじゃな」
体に染み付く……。そういうものなのだろうか。
「今の感覚を覚えて置け。それが『真に理解する』ということだ」
真の理解。それも、魔導書の初めの方に記してある。
魔術を習得することは、即ち魔力について知り、理解すること……だったっけか。後で復習しておこうっと。
「……」
他の奴らも似たような考えに至ったようで、魔導書をペラペラと捲っている。俺も少し遡ってみると、ところどころに殴り書きしてあるメモが目に入った。
なんだっけかコレ。うーん、分からん。自分でも解読不能なメモなんて、マジで無意味過ぎるな。
「ん、これは……」
更に
俺は記憶を辿る時の手がかりとして、ページの右上に日付も書き込むようにしているのだが、その記述も見習いになって日の浅い頃のもののようだった。なんとか読み取れるな。
「どうかしましたか?」
俺の様子を不思議に思ったココが聞いてきた。気にしないように努めていたけれど、結構距離が近いし、薄明りに照らされた顔はいつもより可愛く見えて少しドキドキする。
「あ、いや。えっと……」
「?」
指で示しはしたものの、覗き込んだココは首を傾げてしまった。あ、やっぱ読めないよな。悪い。
そこには、見習い当時の――いや、今でも変わらぬ「最大の謎」が書き残されていた。しかし、あの頃に師匠に確認した覚えはない。
「師匠」
疑問に思ったのに、師匠ならば教えてくれただろうに、何故聞かなかったのか。普段の俺なら、ズバズバ質問してモヤモヤを打ち消そうとするのに、これだけは口にするのも憚られたのだ。
「なんじゃ、ヤルン。聞きたいことがありそうじゃの」
言うてみい、と髭を蓄えた口元が笑みの形に歪む。
「皆の前では言いにくいことか?」
「そんなことは、ありません」
師匠は常人離れした思考で周りを翻弄する困ったじいさんだが、術者としての実力は確かだと、これまでの付き合いで知っている。
ここでメモに再会したのが偶然でないのなら、今こそ確かめるべき時なのかもしれない。俺は迷いを振り切るように首を揺すり、俯き加減の顔を上げた。
「魔力の有無や強さって、何で決まるんスか?」
しん、と静寂が漂った。
「ふむ」
思いに耽るように師匠が呟き、明かりで更に白さが際立つ髭を撫でる。
周りの人間の表情をうかがうと、誰もが息を詰めて師匠の言葉を待っていた。どうやら皆一度は疑問に思った経験があるみたいだ。俺と同じで、聞くに聞けなかったのかもしれない。
「魔力は魔導師にとって手足に等しく、また、他者と比べられるものでもある。その強さの在処を知るのは、大事だが……怖くもあろう」
不安の所在をぴたりと言い当てられて、もしやと思う。想像も付かないけれど、師匠にも同じ頃があったのだろうか。
「魔力は、ほぼ血筋で決まると言われておるのう」
「ウチは商家で、両親はフツーの人間ッスよ? 魔力があるなんて聞いたこともないし」
適性検査の結果を手紙で知らせたら、滅茶苦茶びっくりされたくらいだ。家族の誰も想像していなかったに違いない。脳裏にチラついた、家業を継いだ兄貴にも魔力があるなんて思えない。
「もっと前の世代じゃよ。遙か昔から続く血の発現には、個人差がある。お主の場合は隔世遺伝なのじゃろうて」
「かくせい……」
先祖も知らないうちに、どこかで魔力持ちの血が混ざったということなのだろうか。代々魔導師を輩出する家系は、その血筋を絶やさないように婚姻操作もするらしい。
「魔力は生まれでほぼ量が決まっておってな。成長によって多少は増加するが、劇的に増えることはほとんどないと言われておる」
魔導士に出来るのは、魔力効率を上げることだ。少ない魔力で魔術が発動させられれば、魔力が増えたのと同じというわけだ。
「しかし、何事にも例外はある。特にヤルン、お主はこのパターンかも知れん」
「えっ」
「魔力を持つに至った理由は
ごくり、と唾を飲み込む。どうして自分が魔導兵にされてしまったのか、の謎は解けた。ならば何故、俺にはこんなにも強い魔力が与えられているのか。
「例外のパターンって、何なんスか」
「それは」
「それは?」
「――運が良かったのじゃろ」
「…………へ?」
耳がおかしくなってしまったらしい。今、このじいさんは「運」とか言ったような気がする。完全に、聞き違いだよな?
「あ、あのー。もう一度、お願いできますかね」
「じゃから、運じゃ、運。たまに生まれるのじゃよ。神によって魔導師になることを宿命付けられた赤子がの」
ほっほっほと笑う。
「う、運?」
運。魔導師になる宿命。そんな馬鹿な。俺は、俺は騎士に……。
「ヤルンさん、大丈夫ですか?」
ココが肩に触れた時には、すでに意識は遥か彼方へと飛んでおり、俺は支えを失った銅像よろしく横に転がった。
「きゃっ、ヤルンさん!? しっかりして下さい!」
魔導士仲間が騒然とする中、師匠が「なんじゃ、こんなところで寝たら風邪を引くぞ」と言い放ったという話は、もう伝説で良いんじゃないだろうか。
《終》
◇ヤルンほどじゃないですが、ココもかなりの魔力の持ち主。
ヤルンと違って、放って置いても勉強するので師匠は構わないのかも。
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