第5話 冷たい篝火⑤

 最初に我に返ったのはココだった。


「こ、これ、凍りついているのですか?」

「安心せい。動きを封じておるだけで実害はない」

「冷たさはほとんど感じないし、凍傷にもならない。へへっ、凄ぇだろ」


 これこそが俺が提案した、踏むと発動する氷のトラップである。罠にかかった者は、誰だろうと足が凍りついて身動きが取れなくなる。敵が通るルートに、前もって沢山仕掛けておいたのだ。


「傷つけずに足止めが出来るスグレモノだぜ。いやぁ、こんなに捕まえられるなんて、頑張った甲斐があったなぁ」


 牢を奥まで観察すれば、あちこちに氷像と化した哀れな者達が転がっている。


「な……、お前の仕業だってのか」


 目の前の盗賊が呆然とした表情で呟いた。まだ半信半疑らしく、俺と自らの足を何度も見比べている。


「う、嘘だっ。手前ェみたいなみみっちぃガキに、こんな真似が出来るかよ」


 ぴきっと頭の奥で音がした。あぁ? みみっちぃ、ガキ?


「情けない姿晒して、負け惜しみ言うんじゃねぇよ」


 ムカついて言い返すと、男は完全に俺を下に見たのか、更に煽ってきた。


「はん。どうせ、そこのじじぃがやったんだろ。ガキはいきがってないで、とっととウチへ帰ンな」


 ぴき、ぴきぴき。まるで、何かが引きちぎれようとしているような音だ。


「んだと?」


 全力で睨み付ける。この時、周囲は何かを察して遠ざかっていった。キーマは近場のブルーティオ兵にも避難を呼びかけている。逆に、揉め事に気付いた盗賊の仲間たちは、檻越しにこちらに近寄ってきつつあった。


「おーい、ヤルンー」


 かなり遠くの方から、キーマが「よそ様のお宅だってこと、忘れるなよー」と注意してくる。そうだ、ここで暴発なんかしたら、それこそ礼金を貰えるどころか修理代を請求されてしまう。


「分かってる!」

「なら良いんだけどー」


 嘘付け、この距離感、絶対信じてないだろ! ココまで避難してるしっ!


「なんだ。お前、お仲間に避けられてんじゃねぇか」

「うっせぇ!」


 真っ赤になって怒る俺を、そいつらはげらげらと笑った。

 目の前の馬鹿は、衆目を集めて気を良くしたようだ。泣き言を言っては男が廃るとか、沽券にかかわるとか、そんなことに目覚めてしまったのだろう。

 少しだけ不憫な気もする。兵士になる前の悪ガキだった自分を思い出した。

 そうして、男は自分で自分に最後の判決を下した。


「お前みたいなチビに、んな凄ぇ魔術が使えるってんなら、今ここで証明してみせろよ。ほれほれ、出来ねぇだろ、このクソガキが」

「……歯ぁ、食いしばれ!」


 俺の返事はただ一つ。全てを凍てつかせる呪文だけだった。



 その後、改めてブルーティオ領主から感謝の言葉と謝礼を受け取った俺達は、町の人達にも盛大に見送られながら町を去った。


「謝礼って何だったんスか? お金?」


 馬上の師匠に訊ねると、「そうじゃ」と頷かれる。あれだけ体を張ったのだから嬉しいことではあるけれど、兵力を売るような真似をして大丈夫なのだろうか。


「国の軍規? に引っかからないんスか?」

「きちんと報告書を提出すれば問題ない。謝礼金の金額も、定められておる範囲内じゃ」


 へぇ、そんな決まりがあるのか。確かに、今回みたいに国が支援できない場面もあるとなれば、相互協力は大事だ。必然的にルールも生まれるわけか。


「……って、何かにやけてません?」

「む、分かるかの」


 毎日毎日、嫌というほど顔を合わせているから良く分かる。師匠は今、やけに上機嫌だった。


「もしかして、かなり儲かったとか?」

「それもある」

「あるのか。ちなみにどれくらい……、『も』?」


 それも、というなら、他にも理由があるはずだ。でも、俺には全く思い付かない。……なんだろう。嫌な予感がする。


「お主じゃよ、ヤルン。今回の働きぶり、なかなかのものであった。いつの間にやら魔力制御も上達しておると分かったしのう。師として、弟子の成長はまこと嬉しいものよ」


 褒められてもちっとも喜びを感じない。冷や汗が背中を滑り落ちた。


「よし、夜の特訓を更に進めるぞ。楽しみにしておけい」

「やっぱりそれかよ!」


 楽しみなのはそっちだけ! 俺を巻き込むんじゃねぇっての!!


 《終》

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