第5話 冷たい篝火②

「……」


 気持ちはすでに傾いていた。

 これまで訪れた先々で、貴族というものを何人も見てきた。中にはさすがと思えるような立派な人もいたが、逆に俺達を平民と見下す奴もいた。


 そんな貴族の中でも、この領主は人間が出来た方だ。命令せずにあくまで協力要請の形を貫いているし、言葉の端々から責任感や町の人達を大切に思う気持ちが滲み出ている感じがする。

 それに、町の人達も俺達を避けたりせずに、笑顔を向けてくれた。


「このようなお願いをしておいて心苦しいのですが、もう一つ」


 領主は再び重い唇を開く。


「ブルーティオの兵には勇ましい剣士が多く、常に民の盾となるため励んでおります。ですが、土地柄なのか、優れた魔導師に恵まれず、いつも遅れをとってしまう有様でして」


 一対一の勝負と違って、戦は指揮官の腕や兵数、内訳が物を言う。旅に出てから教わるようになった兵法の授業で、そう習ったことを思い出す。

 どんなに強い軍でも、穴だらけの作戦や、敵を前に怖気づくリーダーでは負けてしまうし、弓兵ばかりなどの偏った編成でも勝利は難しい。


 この町は、指揮官は悪くないようだが、剣士と魔導師の割合が弱点らしい。つまり、ガンガン攻め込むことは出来ても、その背後はがら空きというわけだ。後衛からの援護がなく、負傷した兵への救助も手薄なのは、チームとして致命的である。


「確かに、怪我の治療などであれば、この者達でもお役に立てましょう」


 師匠は言いながら何かに気付いたらしく、皺だらけの顔をさらに歪ませる。


「ぜひ、お願いしたいのです」


 返事をする前に一つお聞きしたい、と前置きして、師匠が言った。


「もし我々が通りかからなかったら、或いは我々がお断りをした場合、どうなさるおつもりだったのですかな?」

「……計画に変更はありません。皆、民のため、身命を賭して戦います」


 俺達は今度こそ目をき、戦慄した。これが、この緊張感こそが「戦い」なのだと一瞬にして骨身に刻まれたかのようだった。


「無論、貴方がたが拒否なさっても責めるつもりはありません。前途有望な若者が、このような無関係のいざこざに巻き込まれて未来を絶たれるようなことになっては堪らない。――そう考えるのは致し方ないこと」


 ですが、と息を切る。


「出来るならどうか、……我々を、この町の民をお救い下さい」

「やろうぜ!」


 考えるよりも先に俺は叫んでいた。静かにしろと注意されたことなんて、キレイさっぱり忘れていた。

 静まり返っていたところへ突然大声を上げたために、誰も彼もがびっくりしていたが、その衝撃から来る沈黙を打ち破ったのは、やはり師匠だった。ほっほっほと、いつもよりも楽しげに笑い始める。


「やはりお主か、ヤルン。もうちぃっと落ち着かぬと、立派な魔導師になれぬぞ」

「いっ、今はそんなこと、どうでもいいじゃないスか」


 俺が剣士志望だと知っていてからかっているのだ、始末が悪い。

 このまま付いていったら、本当に「立派な魔導師」にされてしまうかもしれない。いつかはその道をキュキュッと修正しなければ。いや、今考えるのはそれじゃなくて!


「たとえ師匠が断ったって、俺一人だってこの町の人達を助けますよ。世の中『持ちつ持たれつ』、『困った時はお互い様』っていうでしょ?」


 腕まくりをしながら、自分でもよく分からない論説をぶちまける。すでに周囲が苦笑していることに気付きながらも、引き下がることは出来なかった。

 師匠も呆れたような苦笑を浮かべている。


「何を一人で熱くなっておる。まだ一言も『断る』なんぞと言うてはおらぬじゃろう」

「それでは、お引き受け下さるのですか?」


 呆気に取られて事態を見守っていた領主が、師匠の口ぶりに俄然色めき立った。


「私の一番弟子が大乗り気ですからのう。ご依頼、お引き受けいたします」

『ありがとうございます!』


 何故か俺達の礼が重なり、心が通じ合ってしまった。



 盗賊の討伐に参加すると決まってからは、目も回る忙しさだった。なにしろ敵は今夜襲ってくるのだ。のんびりと休んでいる暇などない。


「てかさ、どうして領主サマは攻めてくる日時が今日だって分かったんだ?」

「そりゃ、ずっと被害にあってきたわけだし、スパイくらい潜ませてるんじゃないの?」


 キーマの返答になるほどと頷いていると、師匠達が簡単な打ち合わせを済ませ、立ち上がって告げた。


「まずは役割分担を行う。剣士は町の警備にあたるように。賊を見つけたら笛で知らせよ。応戦は可能な限り避け、町民の避難誘導と救護を第一とするのじゃ」


 はっ! という声と共に、命令された者達がびしりと敬礼する。

 次に、魔導士の中からココを含む数人を選び出し、剣士と共に行くよう命じた。補佐の補佐ってところだろう。領主の案内で、師範ともども準備のために部屋から出て行く。

 残るのは俺と、仲間内でも体力がありそうな数人だけだ。


「さて、おぬしらは前線に行ってもらう」

『!』


 薄々感づいてはいたものの、はっきり言われるとどきりとする。


「もちろん戦うわけではない。援護と負傷者の手当てのためじゃ」


 その一方で、今回の作戦で最も危険な任務だとも言われた。後方とはいえ立派な戦場だ。いつ、味方の防衛線を突破した敵に刃を向けられるとも分からない。


「無理にとは言わぬ。己の力量にそぐわぬと感じたら、正直に申し出るがよい」


 全員が押し黙る。視線を交わし合い、どう出るべきか探り合うような雰囲気が漂う。


「……」


 心の準備をする時間は僅かだ。もし覚悟のない人間が混じっていたら、足をすくわれるかもしれない。顔見知りの誰かを今夜で失うかもしれない。そんなじりじりとした空気が流れていたのだが。


「言うのを忘れておった。ヤルンよ」


 ふいに呼ばれて顔をあげる。


「お主は前線決定じゃ。あれだけ息巻いておったのだから、文句はあるまい?」

「そ、それは、……もちろん!」


 周りの奴らの反応が気になっただけで、最初から引き下がるつもりはない。けれどもつい「逃げ道なしかよ!」とツッコみたくなるのは、師匠のにやけ顔のせいだ。ワクワクしているように見えるのは、やっぱり気のせいじゃないな?


「こんな経験は滅多に積めるものではないぞ。ふぅむ、戦場の空気も久しぶりじゃ。ここいらで腕試しと行こうかのう」


 は? 腕試し? 誰の?


「……俺達の役目は、援護と負傷者の手当て、スよね?」

「どうじゃ」


 任務内容を確かめようとしたのに、師匠は逆に問いかけてきた。こっちの話なんて聞いちゃいねぇ。


「この間教えた、火の魔術は完全に会得出来たかの?」


 俺以外の全員が目を剥いた。

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