第4話 ご利用は計画的に・後編
「それでは……」
ココの集中力が高まるのを感じた。小さな唇からか細い言の葉が流れ、術が完成、発動する。その証拠に小さな閃きが起こった。
「お、おい!?」
ぎゅっと胸を締め付けられる。キーマは目覚めなかった。未だ、眠りの底から帰ってくる気配すらない。
「そんな」
ココもそれきり言葉をのみこむ。呪文も術の編み方も完璧だったし、発動も肌で感じ取った。俺と同等か、それ以上の効果はあったはずだ。
「や、ヤルンさんの仰る通り、何か特殊な術が……?」
「いや、適当なこと言っただけだって!」
ただちょっと悪戯してやろうと思っただけだ。それなのに、長旅で日に焼けた目蓋は動かない。
緊迫感に包まれ、頬に汗が伝う音が聞こえそうな重苦しい静寂の中、キィと扉が軋んだ。
「んん? なんじゃお主ら、そんな隅に集まって」
現れたのは、町長と話を終えた師匠と師範だった。俺達のただならぬ顔色を見て、すぐに察したのだろう。遠巻きの者を押しのけ、輪の中心へ歩いてくる。
「師匠。キーマが、目、覚まさなくて」
二人とも縋るような目をしていたに違いない。師匠は立ったまま眠っているキーマをじっと見詰めた。短く質問を重ねてくる。
「いつからじゃ?」
「町に入る前からです」
「気付けは」
「しました」
「術を調べてはみたか」
「それは、まだ……」
ココは詫びるような視線を送ってきた。解析しようとした俺を遮ってしまい、後悔しているのだろう。呪いなどの悪い術なら、一刻も早く解かなければ命にかかわることもあるからだ。
もちろん、彼女を責めるつもりも権利も、俺にはない。
「ふむ。ちと、調べてみるかのう」
骨と皮だけの細い指先に、針のように鋭い力が宿るのを感じた。ここにいる魔導士全員が、肩におもりを載せられたかと錯覚したほどの魔力だ。師匠はその指でキーマにそっと、優しく触れる。
「……」
実際には一瞬だっただろうが、時間がやけに長く感じた。邪魔してはいけないと分かっている一方で、「どうなんだ!」と叫び出しそうになるのを、必死で堪えた。
やがて手を放した師匠が息を吸い込み、こちらを振り向く。
「ヤルン、もう一度気付けをしてやれ」
「へ? なんで」
呆れ顔で、ほっほっほと笑い出す。
「今度はもっと強く。病人さえも飛び起きるくらいの強さでな」
その瞬間、俺は全てを理解した。怒りが咆哮となって溢れ出す。
「こんっっの、キーマああぁあぁぁあっ!!」
「えっ、あの、どうしたんですか?」
意味が分からずオロオロするココに、俺は「やっぱ眠ってるだけだったんだ!」と教えてやる。何故、ココの術で起きなかったのか。
「答えは簡単じゃ」
なんと、何度も何度も俺が術をかけ続けたせいで、抵抗力が付いてしまったらしいのだ。が、そんな事情、知ったこっちゃあない。
「ムキ―!」
俺は怒りに任せて術を完成させ、魔力制御も無視してキーマにぶち込んだのだった。
――そして。
「ヤルン~、どうしてくれるのさぁあぁあ」
ぱっちり目の覚めたキーマが、ゾンビの如く恨めしげに言い募ってくる。いや、キーマだけじゃない。何人もの男達が、血管を浮き立たせながらこちらを睨んでいた。
「あぁ? なんだよ。これでもう寝ちまうこともないだろ。文句あんのか?」
結局、一日くらいは滞在しようということになり、食料を買い込んで宿に入ったものの、夜行性の鳥の鳴き声が途絶える頃になっても目は冴え冴え。大部屋の隅っこで、横になるのも辛い苦境に立たされていた。
「ありあり! 寝てしまうんじゃなくて、寝られないんだよっ!」
そうだそうだと、あちらこちらからブーイングの嵐が吹き荒れる。そう、力任せに魔術を使った余波で、あの場にいた全員が今度は眠れなくなってしまったのだ。
「はん、知るか。責められるべきはお前だろ!?」
『ぶーぶー!』
お前らはガキか! まぁ、不満を言いたい気持ちは分かる。分かるが……俺は絶対悪くない。非など決して認めるものか!
「うるさいっ! 俺だって眠れないんだっ! くっそ、こうなったら夜通し働ける騎士目指してやるかんなーっ!!」
睡眠不足のせいで我ながら意味不明なことを雄叫びながら、呪文の復習に没頭する。眠りの術をかければ良いだけだと気付くのは、それから数時間後のことだった。
《終》
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