第3話 招かれる客・招かれざる客・後編

 その時、ふいに「ようこそ!」という声が上がった。


「えっ?」


 と思ったと同時に、次々とあちらこちらから歓迎の言葉が投げかけられる。


「サクリアへようこそ!」

「ゆっくりしていって下さいね!」

「良い鍛冶師もたくさん居ますよ!」


 わーっという歓声と、割れんばかりの拍手が続く。


「なんだなんだ?」


 老若男女問わず、すれ違う人間全てが笑顔で諸手を挙げている。こんな歓待を受けたのが初めてだった俺達は、目を丸くして立ち尽くした。手を上げて応えているのは師匠達だけだ。


「この町の人達は兵士に好感を持っているみたいですね」

「……だな。びっくりしたけど、石を投げられるよりはよっぽど良いや」


 ココに返事をしながら、自分の胸の辺りを軽く掴む。先程忍び寄っていた何かは、もうそこにはなかった。



 領主が住まう町に寄ったら、まずは挨拶をするのが習わしだ。伝令術であらかじめ来訪を知らせておいて、辿り着いたら真っ先に領主の館――城を目指すのである。


「あの、今から行くんスか?」


 もう日は暮れ、夕食だって済んでいる刻限である。普通の家なら遠慮するのが礼儀じゃないのだろうか。

 先を行く師匠に問いかけると、「もちろんじゃ」と返された。


「他領の兵が挨拶もせず滞在しておっては、互いに良くないからな」

「うげ……」


 マジかよ。正直、もうクタクタで体の節々が痛い。今日もかなり歩いたし、慣れない人ごみはしんどいし!


 それは皆同じらしく、一様に疲れた表情を浮かべていた。つか、大人達が元気過ぎなんだよ。若い師範はまだしも、森じゃ馬にも乗れなかったってのに、師匠の体力どうなってんの?


 サクリアの道路事情は極めて良好で、美しく舗装された大通りを真っ直ぐ歩いていく。視界の先には、一目で故郷のものとは桁違いの大きさを誇る城が確認出来た。


「デカっ。なんだよ、あれ。王様の城か?」


 あからさまに狼狽えていると、聞き留めた師匠が解説してくれた。声の大きさから察するに、俺達全員に対する講義のつもりらしい。


「サクリアはこの辺り一帯を治める領主様がおられる要所じゃから、あれくらいの広さ、当然じゃろう。ま、王城はあの何倍も広くて立派だがのう」


 スウェル城がここより小さいのは、美しさより守りの強さを重視したためのようで、決して劣っているのではないと釘を刺されてしまった。


「これより大きいなんて、王城ってどれだけデカいんだよ」


 う~ん、全く想像出来ない。腕組みをして唸っている俺を見て、キーマはくすくすと笑う。


「ヤルンがいくら眉間に皺を寄せて考えても、想像が付かないくらい大きいってことだよ」

「みたいですね」


 ココもふふっと口元を緩ませた。


「笑うなっ、お前らだって知らない癖に!」


 ムキになって怒ると余計笑われる。笑いは旅の連れ全員に広がり、俺は更にムクれたが、なんだか無性におかしくなって、一緒に笑ってしまった。



 城は近づくといよいよ高く聳え立ち、外壁だけで田舎者を圧倒するのに十分だった。

 入り口の見張りさえも、重厚で高そうな鎧を身に付けている。鎧のあちこちに刻まれた痕跡が、彼らの人生すら物語っているような気がした。


「屈強な、って評判は本当そうだな」

「あの剣で切り付けられたら一巻の終わりだね」


 師匠達が取り次ぎの手続きをしている間に、俺達はじろじろと見張りを観察し、小声で感想を漏らす。相手の方もこんなことは良くあることなのか、こちらにはさっと視線を送っただけだった。

 身体チェックも特に問題なく終えた。お互い同じ国の兵士だからか、武器も途中までなら持ち込めるようだ。


「うわぁ、綺麗ですね……」


 入り口をくぐると、柔らかい魔力の明かりに照らされた美しい庭が現れた。手入れされた庭木の下には、見たこともない鮮やかな色の花々が植えられ、美しさを競っている。


「外も凄かったけど、中も凄ぇな」

「ヤルンてば、さっきから『凄い』しか言ってないよ」

「他に感想が出てこねーんだよ」

「まぁ、確かに」


 こんな庭で昼寝が出来たら、さぞ気持ち良いだろうな。そんなことを考えつつ、疲れた体をほぐしてコキコキ言わせる。

 この後は予定通りサクリア領主に謁見だ。宿を取らなかったということは、今夜はこの城に厄介になるのだと思う。もしかしたら、数日間滞在するのかもしれない。


「全員、整列!」


 師範が上げた一声で、俺達は一気に浮ついた意識を引っ張られた。いつもながら腹に響く重低音が、忍び寄ってきていた眠気を吹き飛ばす。

 この時、くたくたの俺達はまだ知らなかった。謁見の後で、サクリア軍と合同の夜間訓練に駆り出されるという恐ろしい未来を――。


 《終》

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