第3話 招かれる客・招かれざる客・前編
国の端っこという片田舎から始まった俺達の道行きは、それなりに順調だった。
基本的には、街道を行きながらジグザグに町や村を縫うように進む。時には登山を強いられたり、谷底で野生動物の声を聞きつつ夜を明かしたりと、ヒヤヒヤする場面はあったものの、今のところは大怪我を負う者も脱落者もなく済んでいる。
「おっ、町が近いのか?」
長閑な昼下がりだった。森を抜けた途端に視界が開け、デコボコ道に慣れた足がつるりと固い地面を踏みしめる。街道に出たのだ。
「そうみたいだ」
キーマも言いつつ首を回す。さすがは生活の導線だ。きちんと整地され、馬車を操る商人らしき一群や、隣の町へ急いでいるらしい家族連れっぽい人達も見える。
ここ数日間はずっと森の中だったから、人気を感じるのも久しぶりでホッとした。
森はいつ動物に襲われるか分からない場所だ。交代で見張りをしていても緊張の連続だったし、食料のやりくりにも苦労するから気が抜けない。
「はぁ。これでやっと美味い飯にありつけるぜ」
食料は町や村で買い込んだ干し肉などの携帯食の他に、果物や野草の類を採取して補充する。何が食べられるかを学ぶのも訓練の一環だ。なお、旅人なら最も気にかけるはずの水や火は、魔術があるから困らない。
問題は料理の方だ。数人ずつのグループを組んで当番制で回しているのだが、兵士になってそこそこのガキが束になったところで、美味い飯を作れるかはご想像の通りである。
「もう少し監督してくんねーかなぁ」
基礎は教わった。毒があるかどうかも、師匠や師範が厳しくチェックしてくれる。しかし後は放置なのだ。
「昨日のはまだマシだったけど、一昨日は酷かった……」
「あぁ、あれ。暫く忘れられそうにないよねー」
二人揃って遠い目になるもの無理はない。焦げはともかく、生焼けは舌にも腹にもマズイだろう。森の真っ只中で集団食中毒なんて、洒落にならな過ぎる。
「つーか、味見しろよ。あんなにピリピリしてたのに、気が付かないっておかしいだろ。危うく失踪事件になっちまうところだったぜ」
多分、火加減を間違えて、香辛料で誤魔化そうとしたのじゃないだろうか。もしくは味見担当が味音痴だったか。どちらにしても改善が必要だ。
「あはは。ウチのチームは結構美味くなったんじゃない?」
「お前やココがいるからな」
俺の料理の腕前は並だ。悪ガキだったから家じゃ刃物はあまり持たせて貰えなかったし、そもそも興味自体が薄かった。美味い飯は大歓迎だし、味覚は常人の範囲内だと思うけれど、食えれば良いって感覚だ。
反対に、キーマは味覚が鋭い。塩が足りないとか、甘みが強いとか、味の過不足を的確に教えてくれる。あとは料理長ココ様が、バッチリ仕上げてくれるというわけだ。
「頼ってばっかりも格好悪いし、俺ももっと頑張らないとな」
「へぇ、コックにでもなるの?」
「は? なるかっ」
「魔術を使った料理店なんて、珍しがられて流行るかもしれないよ」
「流行るかそんな怪しい店!」
「ココと三人でやるのも面白そうだよねぇ」
「……お前は俺の未来をどうしたいんだよ」
悪ノリが過ぎてげっそりだ。キーマは時々こんな風にボケ過ぎて、ツッコミ疲れる。天然かわざとかの判断も付かないし、放置するに限るな、うん。
「それより、この辺りは特に治安も良さそうだな」
辺りを見回し、しれっと別の話題を投下した。キーマはこだわらない性格なので、振れば乗ってきてくれるはずだ。
「みたいだねぇ」
街道を行く人々の表情は明るく、楽しげに言葉を交わしている姿も目に付く。
「この先には『サクリア』という大きな町があるみたいですよ」
後ろを歩いていたココが話に入ってきて教えてくれる。両手に抱えているのは城から持ってきた地図だ。がさがさと広げて覗き込むと、ココの小さな顔なんて完全に隠れてしまう。
「サクリア領は、領主の評判がとても良いところです。兵も屈強揃いで、民は健やかに暮らしているのだとか」
「へぇ」
本か何かで得た知識だろう。さすが努力の鬼だ。魔術の勉強だけでも忙しいのに、それ以外のことまでしっかり勉強しているのだから尊敬する。
「屈強な兵かぁ。ワクワクするな!」
「ヤルンはぶれないね」
「当たり前だろー!」
大きな町なら合同訓練をするはずだ。俺の頭の中は歴戦の兵士達が振るう剣裁きの想像でいっぱいだった。
町に辿り着いたのは夜になってからだった。
暗いせいであまり遠くまでは見渡せないけれど、町を囲う煉瓦積みの塀は美しい滑らかさで、俺の背のゆうに三倍はある。
「こりゃスウェル並だな」
故郷のスウェルは隣国との境を防衛する拠点だ。必然的に塀も高く築かれることになる。サクリアはそれと同じくらいの規模じゃないだろうか。
「それだけ大きな町ってことなんだろうね。ここはスウェルよりずっと内陸だし、外国から攻められた時の第二防衛ラインなんじゃないかな」
入口に立つ兵士もがっしりしていかにも強そうで、いよいよ期待が高まってくる。
町に入るのも心配無用だ。師匠達がスウェルの領主サマから貰った手形さえあれば、どんな堅固な関所でも一発OKだからな。
「うおっ、凄ぇ!」
関所の通路を抜けて町に出ると、広場を挟んですぐに大通りだった。高い建物に出店もあり、夜だというのにランプがあちこちに灯されて昼間のようだ。
そして、どこからこんなに集まって来たのかと疑問に思うほどの人、人、人! 「雑踏」という言葉があるが、目の前に広がる光景はまさにそれだ。圧倒され、思わず興奮の声を出したのも俺だけじゃなかった。
「結構な都会だなぁ」
「煌びやかですね……!」
しっかり立っていないと、ふらふらと光に吸い寄せられそうになる。それを避けて視線を下げたところで、自分の格好が目に入った。何日も森を行軍して薄汚れた兵装に、ふいに不安が込み上げてきたのだ。
「俺ら、大丈夫かな」
「汚いのは仕方ないよ。洗えばキレイになるって」
「そうじゃねぇよ」
軽装であっても、武器や防具、魔導士の装いを身に付けた俺達は目立つ。旅の一行としては大所帯でもあるし、案の定、町の人達はさっと避けて道をあけた。
怖がられているのだ。
「……」
特に剣士は一目で凶器と判る刃物を腰に下げている。武器は自らや大切なものを守るために必要だが、諍いの種にもなる。彼らがトラブルに巻き込まれまいとするのは当然だ。
それは予め分かっていたことだし、別に初めてでもない。これまでだって、旅の途中で似たような場面には何度か遭遇してきていた。でも、今日は体が疲れているからか、人の多さのせいなのか、なんだかうまく感情を処理出来ない。
なんだろう、これは――。
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