第2話 手繰る札と魔力の流れ・後編
「あの、明日も早いんスけど?」
「そう急くでない」
ばらばらっ。師匠が脇から取り出した布袋から、幾つもの紙の束が皺だらけの掌に落ちる。音からして、袋には他にも色々と詰め込まれているようだ。
「さぁ、始めるぞ」
「う、やっぱり。ここでもやるんスか……?」
「もちろんじゃ。日々の鍛錬を怠ってはいかんぞ」
俺は頬に生暖かい雫が伝うのを感じた。その紙の束――カードに覚えがあったからである。カードには様々な絵柄が描かれており、通常は室内遊びに使うものだ。
もっとも、師匠が差し出したのは子ども向けの簡単なものではなく、種類を増やした大人用だ。こちらは占いや賭け事などに広く用いられている。
「精神集中に良いと言っておろうが」
実は、城に居た頃はよくこれに付き合わされた。夜の特訓の前に弄ぶと集中力が増す、らしい。本当かよ、胡散臭い。
「いやもうマジ眠いッス。こんなに眠い時にやっても知れてるでしょー」
俺は文句をぶつけたが、そんな嘆きを聞いてくれる師匠ではない。旅にあっても手入れを欠かさぬ髭を撫でながら、今度はにたりと笑った。
「お主には早いところ伝令術を覚えて貰わんとな。近頃肩がこっていかんからの」
コイツ仕事押しつける気満々だ! くっそ、俺は小間使いじゃねぇぞ。手伝いが欲しいなら別に雇いやがれ。
「集中せよ」
「ぐぬぬぬ……!」
こうなったらとっとと終わらせるに限る。俺は師匠の隣に腰かけ、カードを雑に受け取り軽くさばいた。ほぼ毎晩やらされているせいで、段々こなれてきてしまった。手品師かカジノ店員かよ。
「今日は魔力感知じゃな」
「はいはい」
バラけたカードをテーブルに裏返しで数枚並べ、目を閉じる。深呼吸し、向かって左側から一枚ずつ触れれば、自分の物とは異質な魔力が指先から伝わってきた。
「んー、水!」
言って捲る。そこには水瓶の絵が描かれていた。おっし、正解!
「次は……火だな!」
今度は松明の絵だ。よし、楽勝だぜ!
同じ要領で残りのカードも探っていく。もう何度も行った訓練だし、難なく全ての属性を当てることが出来た。やらされるのは面倒だけれど、正解するのはやはり嬉しい。
「よしよし。問題なさそうじゃな」
様子を確認していた師匠が満足げに呟く。
別に、元からカードに魔力が宿っているわけではない。これは師匠が訓練用に仕込んだ特製のカードなのだ。
魔術の基本である火・水・土・風の四属性の魔力がそれぞれ練り込まれていて、魔導士ならば触れて感じることが出来る。
最近では、込められた魔力もやり始めの頃に比べてだいぶ薄くなってきた。感知する力を鋭敏にするためらしい。
「もう完璧っしょ」
「ふむ。近いうちに、非接触の訓練に切り替えるかのう」
「げっ」
出来るぜアピールしたら難易度上げられた! 畜生、藪蛇だ!
「では本題に入るぞ」
魔力感知以外にもカードを使ったトレーニングは数種類あるが、今日は終わりのようだ。他には何をするかって? いたって普通のカードゲームだ。魔力を使うことを除いてな。あぁ、あと、占いをやらされたりもする。
「意識を集中させて、魔力を込めよ」
「……」
再び目を閉じて、両手を手前にそっと差し出した。師匠の指示に従い、両手の平の上に自分の中から魔力を押し出していく。ほんのりと手が温もりを帯びる。
『風よ』
古代語で短く唱えると、ただのエネルギーに過ぎなかった魔力が空気の塊に変化した。外へ飛び出そうとするそれを球体の形に押しとどめる。
『戻れ』
解除を命令し、元の魔力に戻してから、今度は『水よ』と呟く。たぷんと音がして、力が水に変わったことを耳で感じ取った。
訓練はこれ――「魔力循環」の繰り返しだ。魔術の基礎として教わる風と水を幾度も生み出しては、魔力に戻し、それを五回くらい行った後、自分へ還すのである。
「……はぁ」
詰めていた息をどっと吐き出し、瞳を開いた。魔力の出し入れはやたら精神力を使う行為で、心身ともに疲れてしまう。うあ、きっつ。折角風呂で流した汗も噴き出てくるし、良いことないぜ。
「かなり効率が良くなってきたな」
効率が上がると、余計な魔力と精神力を使わずに術を発動させられるらしい。魔術版筋トレみたいなものだ。
「土や火も扱えれば良いのじゃがなぁ」
「嫌ッスよ」
実は、土や火も呼び出せれば、更に負荷が上げられる。でも、風や水より攻撃性が高くてコントロールも難しいので室内では行わないようにしていた。
「せめて、もう少し自由に使えるようにならないと」
「そんなことを言って、面倒がっておるだけじゃろう」
「ん、んなわけないじゃないスか」
本音を言えば半分くらいはあるので、思わずふいっと目を逸らす。
残りの半分は実体験だ。野宿の時は焚火の傍で魔力循環をやらされるのだが、時々魔力を抑え込み損ねて地面を抉ったり、雑草を燃やしたりしたのだ。同様の事故が今起きたらどうなるか、子どもでも分かる。
「宿屋の床や壁に穴があいたり、火が付いたりしたら大変でしょー?」
「そんなもの、結界を張れば済む話じゃ」
「じゃあ外でも張れよっ!」
こともなげに言う師匠に力一杯ツッコんだ。
このじいさんはいつもこうだ。普段は常識人ぶって俺達を叱るくせに、根っこが自分本位というか、考えがズレているというか。他のヤツの前じゃあまりこういう姿を見せないから、共感を得られなくて更に腹が立つ。
しかし、俺が一人で怒りを爆発させていると、何故か師匠は逆に笑みを深めた。
「なんじゃ、まだまだ元気そうではないか。ならば早速、伝令術について教えるとしようかのう」
「げげっ」
疲れたフリしときゃ良かった! 後悔する時間も与えず、師匠は講義を始めてしまうのだった。
《終》
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