第2話 手繰る札と魔力の流れ・前編
「ふ~、ひさびさに落ち着くなぁ」
ぼふっ! とベッドに倒れ込む。さすがに貴族御用達のようなスベスベな肌触りの布ではないにしても、洗いたてのシーツにはまだ太陽の温もりが残っていて暖かかった。
俺達は旅の途中で様々な村や町に立ち寄る。
領主が住む大きな町なら、城に入ってそこの兵士の訓練に混ぜてもらい、新しい術や太刀筋を学ぶ。小さな村では食料などの必需品を調達し、宿に泊まって英気を養うのだ。
今回訪れたのは後者の、小さな農村だった。泊まるところがあるのかと不安になったが、ちょうど旅人が通るルート上にあるためか、幸いにも宿にありつけた。
取れたての野菜がふんだんに使われた野菜炒めやスープは美味かったし、今はこうしてひと時の休息を得ることが出来ているというわけだ。
「なぁ見たか? 伝令術って凄ぇよな」
俺はとなりのベッドに座って荷物の点検をしているキーマに話しかけた。宿と言ってもちっぽけなところなので、限られた数のベッド意外にも敷物を運び込んでの大所帯だ。
ベッドは大喧嘩、もとい円滑な話し合いで俺とキーマと他二人がゲットした。ここ数日は野宿が続いていたから、この柔らかく包み込んでくれる感触は何物にも代え難い至福。クーッ、たまんねぇ。
「あぁ、あれね。便利だね」
キーマが「あれ」と呼んだのは、今まさに窓の外の夕暮れを横切っていく白い鳩だった。その細い足には何か紙切れを結んでいる。どうやら師匠のもとへ帰ってきたところらしい。
話題の「伝令術」には大きく分けて二種類ある。今見た鳩のように生き物を操って手紙をやりとりする方法の他に、遠くへ自分の声を直接届ける術があるらしい。ってこの間習った。まだ見たことはない。
「声を届けるってどうやるんだろうな? 術者同士なら割りと簡単だっつうけど」
「ヤルンならそのうち出来るようになるって」
「なんだよ、その中身のない励ましはー」
安請け合いすんなと口を尖らせる。でも本当に怒っているわけではなくて、お互いにただ疲れて眠いだけだった。
「お前ら、明日も早くに出発するんだ、早く寝ろ」
キーマ達剣士組の教官――師範が、ドアをさっと開くと低い声で注意していった。兵士の誰もがぎくりとしたのは言うまでもない。
「……今の、気付いた奴いるか?」
足音が遠ざかり、一人がようやく口を開く。
「気付いてたら返事くらいするだろ、無茶言うなよ」
俺も近付いてくる気配すら感じなかった。ひそひそと交し合う言葉には全員の心中が目一杯含まれていて、これも訓練の一環なのだと改めて気を引き締めた。
「さっさと寝るぞ!」
「そ、そうだなっ」
まだ夕方だというのに、夜更かしして遊ぼうなんて気概のある奴はいなかった。ただ一人、まだ寝られない事情がある俺以外は。
静かな廊下を、音を立てないように歩き、とある部屋の前に立ち止まる。コンコンコンと三回ノックし、来訪を告げた。
「ヤルン、来ました」
「入れ」
「失礼します」
くぐもった声が聞こえ、軽く返事をして入室する。長年の経営で歪みかけているらしい宿の扉は、きいぃと軋んだ音を立てた。
中には、先ほど兵士を心臓が飛び出るほど驚かせた若い師範と、年老いた魔導師がいて、それぞれのベッドに腰掛けていた。
高さも幅も人の腰周り程度の細いテーブルに、澄んだ色の液体が入ったグラスが二つ置いてある。どうやら俺達には早く寝ろと言っておきながら、自分達は一杯やっていたらしい。大人はずるい。
「今日もするんスか」
どうせ隠したところで見抜かれているだろうから、不機嫌も
はっきり言って、眠くて仕方ない。というか、じいさんこそ普通は早寝早起きじゃないのかよ。
「一杯やらぬか?」
「……
何を言っているのだか。呆れかけたが、師匠はいつも一枚上手だ。
「なんじゃ。口に合わぬと知っておったのか、面白くない」
違います、とはツッコめず、ぐっと言葉を詰まらせる。ガキの頃に親の酒をくすねて舐めたことがあったからだ。あの時に思い知り、子供ながらに誓った。こんなマズイものは
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