第1話 新たな出発・後編

「ったく、ホラを吹聴して回ってる奴は誰だよ。尾ひれが付いていつも酷いことになってるし」


 ガリ勉だの化け物だの、マトモだった試しがない。なのに噂を信じる馬鹿野郎が多いのか、ビビって遠巻きにされることもままある。利点は難癖付けられる回数が減ったことくらいだ。

 一人で憤慨していると、キーマがくすくすと笑った。


「ま、それは冗談としても、何人かはオルティリト師目当てじゃないかな? 先輩達から聞いた話じゃ、結構有名な魔導師らしいし」

「有名ねぇ? 悪名の間違いだろ」


 話の流れから、自然と二人の視線は風景から先頭を行く馬へ移った。

 ぱから、ぱから、と長閑な蹄の音を鳴らし歩く栗毛の馬の背には、旅用の外套を羽織った老人の姿がある。説明するまでもなくオルティリト師匠だ。


「あっちも、お前とは別の意味で来るとは思わなかったぜ」


 何を考えているのか、その老体で旅路に同行すると言い出し、兵士になりたての俺達を驚かせた。


「少なくとも、スウェルの領主サマに仕える身分の高い魔導師だろうに。下っ端の面倒を見るために遠出するなんてさ」

「ヤルンのためでしょー」

「あぁ?」

「なんたって『生涯最高の弟子』なんだから」

「やめろって、考えないようにしてんだから! くそっ、師匠から離れられれば、旅の間に騎士への道が開けるかもと思ったのに」

「それは随分と希望的観測だね……」


 引率には師匠の他にもう一人ついてくれているが、そちらは教官の中でも若手に入る。剣の達人で、俺も城では走り込みなど体の鍛錬で指導された。


 ちなみに魔導師の先生は師匠、武具の扱いを教える先生は師範と呼び分ける。「師」はマスタークラスを示す呼称であり、一人前の魔導士を「魔導師」、剣士なら「剣師」と呼ぶわけだ。


「ぐぬぬ、うるさいうるさい。憐みの目で見るなよっ」


 もちろん魔導師側の教官連も若い人間を引率に付けるつもりだったはずだろうが、師匠は自分が行くときっぱり宣言してしまったらしい。


「あぁもう、なんでだよ……」


 真実を知るのが怖いから、直接は聞けない。まさか、もしかして、本気で俺を「生涯最高の弟子」とやらにするつもりなのか?


「そんな才能ないっつの。つうか、あっても無理。凄腕の騎士になるのが夢なのに、最強の魔導師になってどうするんだ。むりむりむりむり……」

「何ぶつぶつ言っているんですか、ヤルンさん?」


 ぎくっとして声の方へ振り向くと、ココがきょとんとした表情でこちらを見詰めていた。


「な、何でもない」


 魔術の使い手になることに、なんの疑問も持たないココ。純真無垢を地で行く彼女に、こんな悩みを相談しても無意味だろう。笑顔で諭されるか、論点がずれて話が噛み合わなくなるのがオチだ。


「天気が良くて、気持ちが良いですね」

「……そうだな」


 そう、俺達の旅の同行人には、キーマや師匠以上に意外な連れがいた。体力に自信のある者ばかりで構成されたメンバーの中で、一際異彩を放つ華奢な少女、ココである。


 城にいた頃は他に女子もいたけれど、この旅では一人きりだ。皆と同じ量の荷物を背負い、にこにこと微笑みながら歩く彼女を見ていると、こちらが不安になる。

 道だって平地ばかりじゃない。この先、山もあれば谷もある。深い森に分け入ることだってあるだろう。大丈夫だろうか?


「平気? 辛かったら言いなよ」


 さすがのキーマでも心配になるのだろう。気遣うと、彼女は笑みを深めた。


「いえ! この旅で一回り自分が成長出来るかと思うと、嬉しくて走り出したい気分です!」

「え、マジで?」

「マジです!」


 きらりと光る歯が眩しい。そういや、なんだか初めて会った頃よりたくましくなったような気がする。勉強に対する熱心さを、体力作りにも向けた結果だろう。


「そ、そっか。頑張ろうな」


 ココ、ムキムキ疑惑浮上。俺は、彼女だけは怒らせないようにしなければと、心に強く誓ったのだった。


《終》


 ◇ちなみに城に居残ると普通に衛兵とかになります。

 途中で挫折したり、試験に落ちて再チャレンジも諦めた子は、家に帰って別の道を探します。

 なお、ヤルン達の中にも実は留年組が数人いました。ヤルンが気付いていないだけ。兵士の訓練に参加させられるのは義務でも、その後は割と自由。優しいような、厳しいような。

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