第1話 新たな出発・中編

「え……」

「どういうことだ?」

「俺達、ここに勤めるんじゃないのか?」

「旅に出されるってこと?」


 場が一気にざわついた。

 思いもよらない展開に、俺は瞬きもせずに立ちつくしていた。周りでは驚いた奴等がそれぞれ動揺した様子で意見を交し合っていたけれど、全てが遠くに感じられた。

 ぽん、と肩が叩かれる。いつの間にかキーマが近寄ってきていた。


「聞くまでもない?」


 開けっ放しになっていた口が、再びにやりと歪む。俺は親指を立てて笑った。そう、確認するまでもなく、選択は決まっている。


「とっとと部屋に戻って荷造りしようぜ!」


 立ち止まっている時間が惜しい。弾かれたように廊下へと走り出した。



「それにしてもさ」


 背中に背負った荷物が、がちゃがちゃと賑やかな音を立てる。中に入っているのは細々とした旅に必要なもの一式だ。

 俺達――スウェルの外へ修行に出ると決めた者達――は、数日前に城を出発し、ひとまず隣の町へ向かうべく歩いていた。


 どこまでも続く草原と、晴れた空の下に広がる地平線は、旅人が抱く不安を落ち着かせてくれる。ユニラテラは長く平和を維持する王国であり、今のところは順調な道程を進んでいた。


「もっと大所帯になるかと思ってたぜ」


 隣を歩くキーマに告げると、「こんなもんじゃない?」なんて返事が返ってくる。


「兵役は国民の義務だから、最低限をこなしたらいいやって人は多いと思うよ。故郷を離れるのは勇気がいるしね」


 そんなものだろうか。俺は、兵士になったなら強くなりたいと願うのが当たり前に思う。しかし現実は明らかで、数えきれないほどいたはずの「俺達」は、三十人程度にまで減っていた。


「そっかぁ? そりゃ、家も町も嫌いじゃないけど、やっぱり男なら上目指すだろ」


 ひょろりと長い体に荷を負うキーマと俺との違いは、その腰に帯びた剣だ。見習い用のなまくらじゃなく、一段と鋭さを増した刃が鞘に納められ、揺れている。


「ヤルンは簡潔でいいよね」

「それ、褒めてるか?」

「とーっても褒めてる。尊敬する」

「嘘つけ! 絶対馬鹿にしてるだろ」


 他愛ない話を交わしながらも、俺はちらちらとキーマの獲物へ視線を送った。


 完全に一人前とはまだ言えなくとも、少なくとも半人前くらいには認められた俺達には、それぞれ任命式の時に渡されたものがあった。

 魔導士には青い糸で刺繍された魔導書のカバー、そして剣士には新たな剣だ。


 差が目立つような気がするけれど、縫い込められた刺繍には糸と模様による術が込められており、青い糸には術者の魔力を高める効果がある。見習いの間に習った術も、更に効果を上げることが可能らしい。


『お主には必要ないかもしれんがの』


 師匠が、カバーを渡してくれる時に言ったセリフが耳に蘇る。相変わらず俺のことを買い被っているみたいだが、自分では未だにすげぇ魔導士になるなんて思えない。


 だから、力を増してくれるアイテムには素直に胸が躍った。ドーピングっぽくても、強くなれるならそれに越したことはないよな。

 ただ、兵士として認められたことがどんなに嬉しくても、心から喜べないのも事実で、その原因である剣につい目が吸い寄せられてしまう。


「そんなに見詰めなくても消えやしないって」


 キーマが苦笑い交じりに柄に触れた。慌ててそっぽを向くと、余計に笑われた。恥ずかしくて顔が熱くなってくる。


「顔に『羨ましくて仕方ない』って書いてある」

「それこそ仕方ないだろ。……実際、羨ましいんだから」


 それでもキーマを嫌味な奴だと思わないのは、自慢も同情もしないからか。

 ちょっとプライド低いんじゃ? と心配になるくらいに、物欲も薄い。剣は剣士の命で魂だろうに、今でも俺の特訓のためにあっさりと貸し出してくれている。


「つーか、もうちっと練習しろって。剣に俺の癖が付いちゃったらどうするんだよ」


 見習いとして城で訓練に励んでいた頃は、毎日朝から晩まで鍛えられていたから良いものの、旅の途中ではそうもいかない。あちらこちらを巡って経験を積むのが目的でも、実際には腕より足を動かしている時間の方が圧倒的に長いのだ。


「休憩やら就寝やらで、トレーニングが出来るのは一部の時間だけなんだ。その間、俺ばっかが剣を独占するのはまずいだろ」


 こちらは有難いが、別にキーマに迷惑をかけたいわけじゃない。


「大丈夫だって。きちんとやってるよ。じゃなきゃ、親にどやされちゃうからね」

「お前んち、相当厳しいんだな。てかさ、てっきりお前は城に残るかと思ったぜ」


 空はどこまでも澄んでいる。風も穏やかだ。列の前ほどを行く俺達以外にも喋っている奴等が大勢いたが、話し声を遮るものは一つとしてなかった。……いや、師匠達ってば、俺ら放置してて良いのかよ。


「あぁ、まぁね」


 柄から手を離し、伸びをするように後で組む。呑気を絵に描いたような格好だ。


「確かにわぁわぁ言われたけど、一箇所に留まるのも性に会わないし?」

「見張りの時に、あんなにぼけっとしてた癖に?」


 居場所を見つけたら、そこで猫みたいに日向ぼっこするのが好きな奴だと勝手に思い込んでいたから、「行くよ」と即答された時は正直驚いた。


「あと、ヤルンは絶対出て行っちゃうでしょ。なら、城にいてもつまらないし。付いていった方が断然面白そうってね」


 同じ理由で一緒に来た連中、案外多かったりして。キーマが茶化してそんなことを言うものだから、俺は頬を膨らませた。


「物笑いの種かよ。見世物じゃねぇぞ」


 確かに城でも珍事件を起こしてないと言えば嘘になるが、これからもネタを供給してやる義理はない。……じゃなくて、もう何もないっての!

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