第7話 難解ミッション・後編

「なぁココ」

「はい?」

「俺達は兵士になったから支給されたけど、もしかして、魔術を会得するのに一番大変なのって――」

「『書』を手に入れることだろうねぇ」

『っ!?』


 全身が硬直するような響きだった。何故だか、びっくりするというより、ぞっとしたのだ。


「おや、その反応はアタリだね」


 闇からぬぅっと分離するように、店からばあさんが現れた。店主だろうか、紫のローブに腰が曲がり気味な身を包む、「魔導士」よりは「魔女」の呼び名が相応しい老婦人だ。

 会話に割り込んできたそのばあさんは、にやりと笑っていた。皺が刻まれた顔の、ローブと同系色の瞳が、見る者を惹きつけて離さない光を放っている。


「あの……こちらのお店の方ですか?」


 ココも妙な寒気を感じているのだろう。青ざめた顔で恐る恐る訊ねると、ばあさんはそれには答えず、「あんたらはオルティリトのところの子だろう」と言った。


「師匠のお知り合いなんスか?」

「知り合い……くされ縁てやつかね」


 妙に合点がいってしまう。あの、何年生きているのだか分からない師匠と「くされ縁」なら、どんなに変でもおかしくない。


「さっきからその辺をウロウロしているのが見えたからね。うちに用があるんじゃないかと思って出てきたのさ。何を買いに来たんだい?」

「う……」


 鋭い眼差しで訊ねられて、俺はつい言葉に詰まってしまった。結局、先輩から渡されたメモは地図しか解読出来ず、買う物の方はさっぱりだったからだ。


「えっと、その、メモが……」

「はぁ? メモがどうかしたのかい」


 どうもこうもない。白状するのは恥ずかしかったが、ここは観念のしどころだ。せっつかれて仕方なく店主に見せると、彼女は目を丸くして、次に笑った。


「こいつぁ、おかしいねぇ。ひっひっひ」


 笑い声が絵本に出てくる魔女の笑いそのもので、また背筋にぞくぞくっとした悪寒が走る。つくづく心臓に悪いばあさんである。


「あんたら、これを見てここまで辿り着いたのか。大したもんだ」

「そ、そうなんスよ。メモをくれた先輩ってば、こんな地図書いて寄越して。酷いと思いません?」


 褒められたと思い、愚痴を零すと、何故か彼女はまた「ひっひっひ」と笑った。だからその怖ェ笑い方はやめてくれ! 背中がぞわぞわするんだよ!


「違うよ。このメモにはね、暗号化の術がかけられてるんだよ」

『ええ~っ!?』


 驚愕の事実に二人揃って仰け反り、そしてがっくりと肩を落とした。通りで読み辛かったわけだ。わざわざ読めないように細工されていたのだから。


「魔術に使う道具は貴重で、取扱いに危険も伴う。用心するのは当然さ。常識だから、メモを渡した子も言わなかったんだろう」

「し、知りませんでした……」


 ココが泣きそうなほどショックを受けているけれど、見習いになりたての俺達に常識を当てはめられても困る。


「泣くなよ。先輩のミスだろ」

「でも」

「魔術は危険だからって、教官である師匠によって教わることが管理されてる。あんまり勝手に調べたり出来ないんだから、仕方ないじゃないか」

「そう、ですね」


 言葉を選びながら説得すると、ようやくココも納得して頷いてくれた。まったく、ここまでの苦労は一体なんだったのか。


「まぁまぁ、こうしてお店には辿り着けたのですから、良かったですよね」


 ちくしょー、立ち直ったココの慰めがやけに身にしみるぜー!

 ばあさん……もとい、店主はメモに手をかざし、呪文らしきものを呟いて暗号化をあっさり解いてみせた。


「その先輩はこのテの術が苦手なんだろうねぇ。暗号化がかなり甘い。そのせいで中途半端に読めちまったのが幸か、不幸か」


 二人で一緒に覗き込むと、蛇みたいだった線が規則正しく並び、多少クセはあるもののきちんとした文字に変化していた。

 読めさえすれば、リストに記載されていたのは薬品や羊皮紙といった単純なものばかりで、店主はほいほいとかき集めて袋に詰めてくれた。


「はいよ。お金は忘れてないだろうね?」


 繊維の荒い布の袋のあちこちが、薬瓶やら植物やらのせいでデコボコと不自然に膨れている。しっかり抱えていないと零れ落ちてしまいそうだ。


「そっ、そこまで間抜けじゃないっスよ!」


 からかわれ、俺は真っ赤になって否定した。そんなことをしても、店主の怖い笑いを一層引き出すだけだと分かっていても。そんな俺を庇ってか、ココがおずおずと質問をした。


「あの、さっきの『アタリ』ってどういう意味ですか?」


 店主が俺達に言ったセリフのことだ。実は俺も気になっていた。


「あぁ、あれかい? あんたら、背筋がゾクゾクはしないかね?」


 先程から感じていた悪寒を指摘されるとは思ってもみず、ココと目を見合わせた。単に店主が怖いせいだけじゃないのか?


「そりゃ当たり前なのさ。このローブには魔力除けを施してあるからね」

「魔力除け? って何だ?」


 ハテナを連発していると、店主が「魔力を持った者を遠ざけるトラップやアイテムのことさね」と解説を加えてくれた。


「こいつを羽織って店番してると、困った人間を遠ざけてくれるんだよ。便利だろう?」

「困った人間? 冷やかしとか子供とか?」


 だったら魔除けなぞ必要あるまい。迫力満点のこのばあさんなら、眼光だけで野犬さえ尻尾を巻くだろうぜ。


「ま、それもあるけどね。もっと問題なのは、素養はあるが使い方を知らない連中なんだよ。店の中には魔力の持った人間が触れただけで発動しちまうモンもある。下手をすれば辺り一帯ドカーン! なのさ」


 ばあさんはことさら大げさに両手を広げて規模を表現してみせた。口振りと合わせるとかなりの範囲のようだ。


「ど、ドカーン!?」


 それってとんでもなくヤバイのでは。いや、ヤバイに決まってる! この店、超キケンじゃん!

 そんな反応が面白くて仕方ないといったふうに、店主は腹を押さえて「ひっひっひ」と笑った。だからやめてくれってば!


「ふふん、そんな青い顔しなくったってヘーキヘーキ。だからコレ着てるんだって、言ったろう? 魔力がある人間は鼻が利くからね」


 本当だろうか。凄く怪しい。もし万が一のことがあったら……。いや、考えるのはよそう。こういう場合は深入りせずにとっとと帰るに限る、という親父の口癖を思い出したのだ。

 荷物を確認して支払いを済ませ、回れ右をした――その時。


「あぁそうそう」


 背中で声がした。やけに低い、地面から這い上がってくるような重低音が、突き刺さる。


「何度もばーさんばーさん思ってんじゃないよ? こちとら、まだ若いつもりなんだからね!」

「いっ!? 思ってません、思ってません!」

「あっ、待ってください。ヤルンさーん!」


 俺は首が千切れるほど強く振って否定し、ココがいることも忘れてダッシュで店から逃げ出したのだった。


 《終》


 ◇暗号化の術は第三話で師匠が解除していたものと同系統のものです。多用されますが、術者によって難易度が違ってきます。

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