第7話 難解ミッション・前編

 一平卒ですらない見習いには雑務が付き物だ。

 自分の身の回りのことはもちろん、兵舎の掃除や城に備蓄されている武器の手入れ、その他諸々を当番制で行う。食事の用意は城の下働きがしてくれるけれど、配膳や片付けはセルフサービスだ。


 で、「その他諸々」のうちの一つが買い出し、要するに「おつかい」である。


「おい、そこの見習い」

「は、はい」


 その日は早めに訓練を終えて自室に帰ろうとした時、先輩兵士に買い物を頼まれた。二つ折りにされたメモらしき紙を手渡され、これを買って来い、と言われたわけだ。


 俺はその紙を、中を確認せずに受け取った。それが大いなる過ちだった。自室に戻って外出の準備をし、いざメモを開いて――部屋の中央で立ち尽くしてしまった。


「……何語? っていうか、これ、文字か?」


 断言しておく。俺だって字くらいは読める。読み書きに関しては、いたって並の学力の持ち主だと思う。それなのに、その買い物メモ……らしきものは全く理解出来なかった。

 思考する。数秒、色々なことが脳内を駆け巡り、俺は一つの結論に達した。


「読めたぜ。あの先輩は外国から来たんだな!」


 これは外国語なのだ。うんうん、きっとそうに違いない。ならば、先輩のところまで戻って翻訳をしてもらわなければ。


「何、馬鹿な推理を展開してるのさ」


 ぎょっとして声がした方へ首を回すと、訓練上がりらしくやや汗ばんだキーマが入口に立っていた。


「お前、いつ入ってきたんだ? 全然気付かなかった」

「いや、さっきから居たんだけど」


 それだけ集中していたってことらしい。さすが俺、ただのおつかいにも手を抜かない完璧主義者っぷり! なんて自画自賛しながら、紙をキーマに手渡した。


「んん? 何この絵、みたいなの。……地図かな?」

「地図? お前それ読めんの?」


 びっくりして詰め寄り、頭をくっつけながら小さなメモを覗き込んだ。


「ほら、この線は多分大通りのことだよ。とてつもなく大雑把だけど、ここが目的地じゃないかな」


 示してくれるキーマの指先を辿ってみると、確かに地図に見えなくもなかった。であれば、「とてつもなく大雑把」どころでは済まないくらいの、子どもの落書きレベルの地図である。


「じゃあ、もしかしてその下の蛇みたいなウネウネが、買う物のリストか?」

「買い物を頼まれたなら、そうなんだろうね」


 背中に嫌な汗が滲む。どうやら面倒な依頼を受けてしまったようだ。

 文字だと分かった今ならば、容易に想像出来る。先輩に「この国の文字で書いてください」などと失言を吐いて、大目玉をくらう己の姿が。


「それは、聞きに行かなくて正解だったねぇ」

「ははは……。と、ところでさ」


 魂胆ありありの目で見詰めたら、キーマはさっさと首を横に振った。


「あぁ、付き合えってことだったら駄目。ちょっと物を取りに戻っただけで、まだこっちの訓練が終わってないから」


 ちっ。コイツがいれば、おつかいをクリア出来そうだったのに。一人では解読だけで何日もかかってしまいそうだ。

 うじうじと凹んでいると、キーマは「代わりといったら、なんだけど」と提案してきた。


「そっちはもう済んだんでしょ。だったら他の魔導士見習いに助力を請えば?」

「おお、さっすが相棒!」


 メモで頭がいっぱいで、そんな初歩的な手段にも気が付かなかった。プライドがどうとか言っていられない状況だ。俺はさっそく誰かを巻き込みに、もとい、助けを求めに走り出した。



 そして現在に至る。


「あぁ?」


 俺は手渡されたメモと町並みを見比べながらウロウロと歩いていた。薄っぺらいそれは、蛇みたいな字で書かれていて読みにくく、しかも記述が超テキトーだ。


「ったく、何処だよ、これ」

「難解ですね……」


 横からメモを覗き込んでいたココも、小さな溜息を付いた。キーマと別れた後で真っ先に訊ねた彼女は、窮状を説明すると快諾してくれたのだ。困っている俺を放っておけなかったのだろう。


「あっ、こちらじゃないでしょうか」


 ふいにココが声を上げる。つられてそちらを見ると、俺もあっと驚きを零さずにはいられなかった。


 商店街の隅の方に、その古ぼけた建物はあった。赤茶けた看板に、薄暗くて様子が窺えない店内。明るい呼び込みの声が響く周囲の商店からは、明らかに異質で浮いている。普通の人間なら絶対に足を向けない店構えだ。

 しかし、俺達の視線は看板の文字に吸い寄せられた。


「『魔導用品取り扱ってます』……。ここだ!」

「きっとそうですよ。見付かって良かったですね」


 こんなに魔導士向きの店もないだろうが、魔術関係なら危ない品もありそうだし、当然のように表通りに建っていて良いのだろうか?


「もっと路地裏とかにひっそり、じゃないのかよ」


 そうココに愚痴ると、彼女は少し思案してから答えた。


「きちんと身分を証明さえ出来れば、誰にでも売って貰えるのじゃないでしょうか」

「そうなのか?」

「魔術を身に付ける方法は、兵に志願することだけではありませんし……」


 もう一度、「そうなのか?」と繰り返すしかなかった。魔導士になりたいと一度たりとも考えたことがない俺には、意外な話だったのだ。


「はい。この国では兵士になるのが最短ルートだとは思いますが、色々な都合でそれが出来ない人もいますよね」


 あぁ、と納得する。たとえばウチの兄貴みたいに、家業の後を継がなきゃならない人のことだ。あいつは今頃、親の期待を一身に背負って、商売について勉強しているんだろうな。


「それでも魔術を学びたい場合は、独学か、家庭教師を雇うか……。学校もあると聞いています」

「学校なんてあるのか?」

「はい。私も詳しいことまでは分かりませんが」

「へぇ」


 学校のイメージというと、同じ年代の子どもを集めて勉強を教えたり、大人達が何かを研究するところ、くらいしかない。まぁ、魔術を教える学校も、どうせ金持ちや貴族のための場所だろう。俺には全く縁がなさそうだ。


「魔導士は外国からも訪れますし、そういった方々のためにも魔導具店は必要だと思いますよ。分かりやすい位置にあるのは、治安維持のためかもしれませんね」

「巡回しやすいからってことか」


 成程、こんな怪しげな店が奥まった裏路地なんかにあったら、闇取り引きにはうってつけ。裏の人間が寄り付き、治安が乱れる元になるってわけだな。

 それにしても、重々しい雰囲気に包まれていて入り辛い店である。二の足を踏んでいると、今ココと交わした会話から新しい疑問が浮かんできた。

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