第6話 王族の視察④

 そうして師匠がまた別の呪を結ぶと、今度は薄汚れてぼろぼろだったワンピースが美しく生まれ変わった。擦り切れた裾も新品同様だ。

 手品じゃない。ここまでくるとお伽噺とぎばなしのレベルである。


「……す、すごい」

「いやいや、こんなものは初歩の初歩。それでは私がお部屋までご案内をさせて頂きましょう」


 立ち上がりすっと手を差し出す師匠は、見たことがないくらい紳士的だ。そういえば他称レディの立ち居振る舞いや口調も、いつの間にか上品そうなものに変化している。大人ってのは本当に面倒臭いものだ。


「あの、私、一人で戻れますから」


 すぐにピンときた。まだ「目的」を達成していないからだろう。危険なマネまで冒して抜け出してきたのに、噂の「期待の新人兵」を見ないまま戻りたくないってわけだ。

 すると、師匠は何がおかしいのか「ほっほっほ」と笑って俺を指さした。


「そう焦らずとも。お探しの新人兵なら目の前におりますでのう。我が生涯最高の弟子、ヤルンにございます」


 え? ……え? 俺が、何だって?


「ええ~っ!? おっ、俺? し、しょうがいさいこうのでし? 俺が!?」

「へぇ、そうだったんだ。まさに灯台下暗しだね」


 キーマは人ごとみたいに何度も頷いている。いや、人ごとなんだろうけれど。


「えーっ、そうだったの!? ちょっと、どうしてもっと早く言ってくれないの! 見付けたわ、期待のルーキー! 最強の若手魔導士っ!」

「待て待て待て待てっ! 誰がルーキー……はちょっと嬉しいけど、じゃなくて! 誰だそんな噂流してるやつっ!」


 俺はそう言ったつもりだったが、きちんと声になっているかは怪しかった。なにせ、彼女が肩を掴んでガシガシ前後に揺すりながら大興奮しているからだ。


「や、やめてくれ……気持ち、悪い……。うげ……」

「オルティリト様、私、彼ともっとお話ししたいわ。よろしいかしら」

「もちろん、構いませんとも」

「構う構う構うっ!」


 こんな暴走女の「お話し相手」なんて御免だ。どんな目に遭わされるか分かったものじゃない。ず~っと見回りをやらされていた方が何万倍もマシだ。


「いやっ、俺、しっ仕事っ。見回りの仕事がまだあるから――」

「客人の相手の方が大事じゃ。女性を待たせるなぞ言語道断じゃぞ。ほれ、命令じゃ。とっとと行け」


 師匠の馬鹿! 人でなし! 生涯最高の弟子じゃなかったのかよ!?


「さ、行きましょ?」


 今更お嬢様面したって可愛くともなんともないわい。おい、キーマ。生暖かい視線送ってないで助けろよ!


「ヤルン、頑張れ~」


 涙を流す間もなく、俺はがっしりと腕を掴まれ、ずるずると引きずられていった。案内ではなくて、完全に連行されている。


「結局アンタ何者なんだよっ」


 背中ごしに聞くと、彼女はぴたっと足を止めて、振り返って「私?」と小首を傾げた。だからちっとも可愛くないってば。


「私はこのユニラテラ王国の第二王子妃、セクティアよ。よろしく!」


 ばちーん。ウィンクが飛んできた。……いや、それどころじゃない。今何か、とんでもないことを口走らなかったか?


「は? はあぁぁあぁぁあ!?」


 この国もう終わりなんじゃ無ぇの?


 《終》


 ◇はい、今回のゲストは別作品「家出物語(仮)」の主人公であるセクティア姫でした。途中で気が付いた方もいたかもしれませんね。

 この話のために今まで国名などを出さなかった、というわけでした。

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