第6話 王族の視察③
「うーん」
俺とキーマがヒソヒソと話を交わしていると、女は「何を内緒話してるのよ」と眉間に皺を寄せた。顔立ちは美人だし、スタイルも良さそうなのに、色々と残念過ぎる人だ。
「で、そのパーティーがどうかしたのか? 料理が楽しみだから早く出せってこと?」
「違うわよッ! ……会いたい人がいるの。パーティーが始まると自由に動けなくなるでしょ、今のうちに探したいのよ」
「会いたい人?」
変な話だ。客人なら相手を呼んで貰えば済むのだから、わざわざ自分で探し歩く必要などない。公式には会えない相手なのだろうか?
「そうまでして、誰に会いたいんだよ」
あまりゴタついている時間はない。ここはてっとり早く聞いてしまえ。答えなかったら応援を呼べば良いだけだ。そう思って問いかけると、彼女は意外にも目をきらきらと輝かせた。
「この城に今年入ったっていう、期待の新人兵を見に来たのよ!」
『期待の新人兵ぇ?』
俺達は見事にユニゾンした。そりゃあもう一部のずれもなく、声変わり途中の微妙な低音が見事な重なりを見せた。
「誰だろう。今年、そんな天才いたっけ?」
キーマに言われ、揃って首を捻る。すぐさま同期のメンバーの顔を思い浮かべてみた。王都から人が訊ねて来るほどの逸材なら、ぱっと浮かんでも不思議ではない。
「ずば抜けた才能の持ち主って噂よ。知らない?」
「俺達、今年入ったばっかの新人だけど、同期にそんな奴いたかな……。あ、もしかしてココのことか?」
閃いたのは優等生の横顔だ。ココは早く一人前の魔導士になりたいと講義も実技も真面目に取り組んでいるし、魔力も高い方だと聞いている。
「有り得るね。女性兵士というだけでも目立つから、話が遠くまで広まったのかも」
俺を通してココと知り合ったキーマも、常日頃の熱心さを思い出して同意を示した。
「えっ、心当たりがあるの? お願い、会わせてっ!」
自称レディが手足をバタ付かせて食いついてくる。暴れ馬みたいなヤツだ。必死すぎて怖い。
「おいおい。こんな危ない人間、ココに会わせて大丈夫かよ」
「……会った途端に小脇に抱えて逃走しそう」
こちらの怯え振りに腹を立てたのか、そいつは「そんなことしないってば!」と吠え立てたが、直後には首を傾げた。
「ちょっと待って、今『ココ』って言った? その子、もしかして女の子?」
「そうだけど?」
「違う違う。私が探してるのは男の子。名前は分からないけど、それだけは確かよ」
「あぁ? 男?」
第一候補だったココが違うとなれば、いよいよ思い付かない。情報通のキーマも怪訝な表情をするばかりで、他に思い当たる人材はいないようだ。
くそー、とっとと先輩兵士に突き出してしまおうと思っていたのに、こうなってくると捜し人の正体が気になるぜ。
「そういえば名前を聞いてなかったね」
悶々としていると、煮詰まった話の流れをキーマがくるりと変えた。確かに、状況がおかし過ぎて聞くのをすっかり忘れていたが、壁を降りて脱出を試みるような強者が、素直に素性を吐くのか?
「あぁ、名前? 私は――」
「ほっほっほ。なにやら面白そうじゃのう」
ぎくう! 突然の低い笑い声に、俺達は文字通り飛び上がった。
「し、師匠!?」
振り向くと、いつもの余裕たっぷりな微笑みを携え、豊かな白い髭を撫でる師匠こと、オルティリトじいさんが立っていた。それも真後ろにである。吃驚しない方がおかしい。
「い、いつからそこに?」
大抵のことには動じないキーマも、これにはやや声が上擦り気味だ。
「つい先程じゃよ。二階の通路からお主らが見えたのでな。こんな何もない壁際で何をコソコソしておるのかと思うてのう。サボりではないようじゃな」
「違いますよっ」
抜け目ない師匠のことだ、本当に「つい先程」からだったのか? 実は全部見ていたんじゃあ……。
疑念は渦巻く一方だが、脱力している場合でもない。色々と物申したい相手ではあるものの、師匠はれっきとした上官で、俺達部下には報告義務があった。
「えと、ふ、不審者を発見しまして」
ことの成り行きをざっと話した。見回りをしていて壁にハマった怪しい女を発見した事。すぐに知らせなかった件に対する謝罪。そして彼女の「人探し」という目的について――。
「そうかそうか。なるほどのう」
見張りとしては褒められた行動ではなかった。叱られると思ったのに、師匠は再度笑っただけで、怒り出す代わりに驚愕の事実を言い放った。
「確かにそちらの方は客人じゃ」
「ええっ? マジで!?」
「本当なんですか?」
口々に問い返すと、自称から他称に昇格したレディは依然挟まったままで頬を膨らませた。
「ちょっとー、信じてなかったの?」
あれで信じろって言う方が無理だろ。世の中はまさに神秘で満ちている。
師匠は女性の前へ歩み寄った。
「失礼」と断ってから、呪をいくつか呟いて指を鳴らす。パチン! と皺だらけとは思えないほど高らかな音が辺りに響き、俺は魔術が見事に完成したのを肌で感じた。
すると、女性がどれだけ踏ん張っても抜け出せそうになかった壁と壁の隙間から、その体がするするっと抜けた。
「嘘……」
まるで手品。壮大な嘘事を見せられているようだ。
「お怪我はございませんかな」
「いえ、どこも。ありがとうございます」
「オルティリトと申します。老いた身で兵としては最早お役に立てませぬが、ここで若者の導き手をしております。どうぞお見知りおきを」
俺は目を見開いて光景を凝視していた。だって、瞬きなんて出来るわけがない。あろうことか、師匠が片膝を折って彼女を仰いでいたのだ!
「私は……」
「もちろん、存じております。あぁ、こちらの二人はまだ見習いでしてな、少々お心を煩わせたかと思いますが、この老いぼれに免じてお許し下さいませ」
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