第6話 王族の視察②

 そして当日。俺とキーマはペアで見回りを命じられていた。剣士と魔導士が組んで行うのがここでの決まりなのだ。


「ちぇー、つまんねーの」

「まぁ、予想通りだけどね」


 別に今日が特別なわけじゃない。訓練が多少なりとも進展した頃から、体力作りと守るべき対象となる城内外の把握も兼ねて任せられるようになったのである。

 もちろん有事の際は先輩である一人前の兵士達が前面に出張るが、普段の見回りにはこんな風にしょっちゅう借り出されていた。


「いくら王族が来てるからって、悪い奴なんて来ないんじゃねぇ?」


 噂の王子様は先日結婚したばかりらしく、今日も奥さん連れで訪れたのだとか。兵士は正装で居並び出迎えたらしいが、見習いに過ぎない俺達は遠目に見ることすら叶わなかった。


「それを言ったら見回りの意味がないよ」


 通りがかったのは外壁と城壁の間にある暗いスペースで、植えられた樹木の他には芝生が広がっているだけの、退屈極まりない場所だ。


「んなこと言ってさ、お前だって同じこと考えてるんだろ?」


 血で血を洗う戦争など遠い過去のこと。周辺国との関係は長らく良好で、国内に大規模な反乱分子の噂もなし。

 盗賊は森や街道に出るが、城に攻め入る気概があるなら、スウェルはここまでのんびりした町ではいられないはずだ。


「ふあぁ……おっと」


 俺は欠伸を噛み殺しながら、少し前を行く甲冑姿のキーマに同意を求めた。返事がないのでなおも話しかけると、「いいや」という返事が返ってきた。

 「いいや」? キーマはボーっとするのが好きだから、手応えのない仕事が好きってことか?


「お前さぁ、それはあまりにひなびた考えじゃないの」


 呆れていると、どうやらそうではなかったらしく、珍しく焦った様子で振り返った。


「ちがう、ちがうって。こっち来なよ」

「……うわっ」


 何にそんなに慌てているのかと覗いて、俺は思わず声を上げた。


「ちょっ、静かにしてくれる? 見付かったらどうすんのよ」


 建物と建物の間、壁の隙間に女の人が挟まっていた。青い髪に気の強そうな瞳。あちこちが擦り切れ、泥で薄汚れたワンピースを着ている。

 怪しい女は俺達をきつく睨んでいたが、体の左半分しか見えていないこの状況では、むしろ恐怖がわき上がってきた。意味不明過ぎる!


「な、なに、これ」

「ちょっと! 『これ』扱いはないでしょ、レディに向かって」


 俺が知っている「レディ」は、こんなところに挟まれてなんかいない。絶句していると、自称レディはやや逡巡したあと、言った。


「ねぇ、……出してくれない?」

『えっ』


 出られないのかよ! というツッコミをなんとか飲み込み、キーマと顔を見合わせる。


「侵入者、だよね」

「侵入者、だな」

「人を呼ばないと」

「そうしよう」

「あーっ、待って待って待って!」


 見習いはあくまで見張りであって、発見したあとの処置は正式な兵士の仕事だ。俺達が伝令用の笛を銜えて吹こうとすると、自称レディは激しく止めに入ってきた。


「客よ、客! 私はきちんと招待された客なのっ」


 吹き込もうとした息を止め、再び相棒と目を見合す。


「侵入者が何か言ってるよ」

戯言ざれごとだ。耳を貸すな」

「少しは人の話を聞きなさいよ~っ!」


 ぎゃんぎゃんと騒がれても、彼女は相変わらず建物の隙間に挟まったままで、紛れもない侵入者だ。


「犯罪者に『話を聞け』と言われて、耳を貸すお人よしがいるわけないだろ」

「誰が犯罪者よっ」

「アンタだよアンタ!」

「ヤルン、冷静に」


 キーマが俺を宥めるように言った。


「客人なら人を呼んでも問題ないはずだよね。そこから出してもらえて、身の潔白も証明出来て、服も着替えられるんだから」


 そういえば、そうだ。何のハプニングでこんな道化を演じるはめになったかは知らないが、正式に招待された人物ならこの窮地から助けて貰えるはずだ。


「……それは駄目」


 自称レディは後ろめたいことがあるのか、ばつが悪そうに俯いた。


「やっぱり侵入者なんじゃないか」


 じゃあと笛をくわえる。


「違うって言ってるでしょ! まだ目的を達してないから、見付かるわけにはいかないの!」

「目的?」

「仕方ないなぁ……。話すわよ」


 自称レディは観念したようにぶつぶつといきさつを語りだした。時間を稼がないと、俺達が応援を呼んでしまうと思ったのだろう。


「今夜、晩餐会があるでしょ」

「王子様御一行、歓迎パーティーのこと?」

「そう、それ」


 王子達は視察の名目で訪れているので、盛大にするつもりはないらしいが、パーティー自体は確かに予定されている。

 この城の主は心が広く、俺達兵士(見習い)にも料理を振舞ってくれると聞いている。どんなディナーが食べられるのか、今から楽しみでよだれが出そうだ。


「パーティーのことを知ってるなら、やっぱ客かもな?」

「判断するには弱いよ。出鱈目でたらめ言ってるだけかもしれないし。パーティーの件は見習いにだって知らされてるから、城の人間に聞き耳を立てれば仕入れられる情報だしね。王族の付き人って可能性はある、かなぁ……」


 でも、もしそうなら主人の傍を勝手に離れていることになるけど、とキーマは小声で呟く。結局、今のところは単なる侵入者のセンが一番強いということだろう。

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