第2話 始まりの始まり・後編
「失礼しまーす」
室内は他となんら変わり栄えのしないところだったが、通常は配置されているだろう机や椅子が撤去されて広々としている。
そこに人影が一つ、ぽつんと佇んでいた。外を眺めていたのか、俺の声に気付いてこちらに顔を向ける。
ローブの帽子をおろしたそこには長い白髪がふさふさと生え、口髭との境界線が見分けられない。まるで童話にでも出てきそうな老人だ。
「ふむ、なかなか元気そうじゃの。名前は?」
声もしっかりと
それから、先程の部屋で提出するように手渡された二つ折りの紙を差し出した。老人は皺が刻まれた指先でそれを開くと、もう一方の手で髭を撫でながらまじまじと眺めている。
「見るな」と注意されていたから開いてはいないけれど、身体測定や試験の結果など、俺に関するデータが書き込まれているに違いない。
「ふむふむ……」
あれ? もしかしてこのじいさんってお偉いさんだったりする? これってまさか最終面接か……!? そのことに気付いた瞬間、じいさんは目線を紙から上げた。
「問題はなさそうじゃな。ほれ、これを飲んでみぃ」
すっと差し出されたのは小瓶だった。恐る恐る受け取ると、片手に収まるサイズの透明の瓶の中に、同じく透明の液体が揺れている。
「な、なんですか。これ」
「安心せい、体に害はない。ここに来た者は皆飲むんじゃよ」
くんくん。蓋を開けて嗅いでみても匂いはない。まるっきり、ただの水だ。でも、水を飲ませる試験なんて怪し過ぎる。警戒する俺に、じいさんは口の端を上げて笑った。
「ふふ、犬のような奴じゃの。どうした、怖いか?」
「舐めんな!」
挑戦的な瞳にカッときて、俺は叫ぶと同時に一気に飲み干した。味わっている暇もなかった。いや、最初から味などなかったのだろう。
「……?」
数秒は何事もなく過ぎた。なんだ、やっぱりただの水だったのか――。
「!?」
唐突に体が熱くなった。それも、腹の奧から炎が吹き出したかのような、痛みにも似た激しい熱だ。
「なっ、あつっ、じ……ジジィ、一体、何……盛りやがった……!?」
あまりの熱と痛みに、呼吸も声も途切れ途切れになる。視界に光が明滅し、これが「星が回る」ってやつなのかと思った。じいさんは慌てる素振りもない。苦しむ俺を涼しげな表情で観察し、「ほほぅ」と呟く。
「害はないと言うたじゃろう? すぐに消えるわい。それにしても、お主、そんなに熱いのか? 苦しいのか? 演技じゃあるまいな」
「誰が、初対面のじじいに、心臓止まるような真似、するかよっ」
いいから助けてくれ! と叫ぼうとして、勢いよく息を吸い込んだせいでゲホゲホと咳き込む。そうこうしているうちにピークが過ぎ去ったのか、やがてゆっくりと熱が引き始めていった。
ぜぇぜぇ肩で息をする俺に、じいさんはまたも髭を弄びながら目を細める。
「おさまってきたか。それは魔力に反応して熱を発する水でな。強い魔力を持つ者ほど苦しむのじゃ。……お主には余程見所があると見える」
まだ痛みの余韻が濃く残っていて、「えっ」とも、「ちょっと待て」とも言う暇はなかった。もちろん、剣士になって王様に仕える騎士になり、活躍するのが夢だ……などという情熱も。
全身汗びっしょりで前屈みになった俺の背中に、楽しげな声が降ってきた。
「よし、魔導兵士見習いに決定じゃ。わし直々に仕込んでやろう。いやぁ、楽しみじゃのう」
ほっほっほっ。その笑い声が、俺を不幸のどん底に突き落とした。
《終》
◇剣士になるはずが、魔導士コースへ強制突入させられるヤルン。軌道修正なるか?
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