第17話開店
今日の店構えは少しだけ豪華だ。何を隠そう呼び込みが二人もいる。
天気は安定しており、晴天とまではいかないが晴れではある。
流れた雲が適度に太陽を隠す状況というのは外で作業をしているこちらにとってはうれしい天候でもある。風が吹いていても日が照っていては少し暑い。
「よろしくお願いしまーす!」
昨日の夜に徹夜して作ったチラシを配り始める。
ミリンダさんに話を通すと『わざわざ……。ありがとうございます。』と僕の好意を素直に受け取ってくれた。
時刻は昼時よりも少し前だ。そのほうがお客も準備が出来るというものだろう。
チラシには僕の絵の上に文字がでかでかと書かれている。
『welcome』それだけ。ノアに書いてもらった。一枚一枚書いたもので、少しずつ形は違うが文字には勢いがあり好ましかった。
後ろで「あ、あ、」という声が聞こえた気がするが多分、気のせいだ。
だが、この村の中ではこれだけの単語、絵でも十分伝わるだろう。みんな顔見知りなのだから。なんならこんな行為は必要のないことなのかもしれない。
「なんだこれ!」「絵うめーな。」「なんかあるのか?」
「この店の新しい門出なんだ。親と一緒に昼時に来てくれると嬉しい。」
昨日の三人組にも一枚配ってあげる。
通り過ぎようとする誰もがこのチラシを快く受け取り、一言、二言、話して後にした。
二十枚程度、作っていたチラシはすぐになくなってしまった。もっとあってもよかったかもしれない。
「おつかれさまでした。」とミリンダさんは水を一杯。戻ってきた僕たちに振舞ってくれた。おいしい。
そんな時だ。昨日とは違い、扉が開いた。
一瞬「誰?」と思ったがここは料理屋なので急にお客が来るというのは当たり前のことだった。今まさにその宣伝をしたというのにその事実はすっかり頭から抜けてしまっていた。
振り返り見てみると「誰?」とは言えない人物がそこに立っている。
「なにやら表が騒がしかったようで、つい来てしまいました。」
その人は昨日と同じような格好で白衣を着ながら現れる。
この人は仕事であってもどこへ行こうとも同じ服装で移動するんだろうなとそんな予感がした。
「レイカさんじゃないですか。」
「どうも。」と頭を下げる。
すると彼は驚いた様子でこう告げる。
「まさか、しばらく見ない間にこの店にリピーターができているとは思わなかった。どうやら君は僕が思う以上に物好きな人間のようだね。」
「そう煽ったのはレイカさんじゃないですか。」
「そうだったかな?」と笑いはぐらかしながらレイカさんは席に着いた。
まあ、僕は従業員側の人間であるので彼の言う意味合いとは少し違ってはいる。
「いつもので」彼はそんな簡素な注文の仕方をした。
しかし、その簡素な言葉は少しだけ重い意味合いを持ってしまっている。
そうか、この人だったんだ。
ミリンダさんの言っていた「今でも来てくれる人がいる」というのは咄嗟についた強がりなんかではなかった。
お客はまだ一人しか来ていない。それならば少しくらい自由にしていてもいいだろう。
彼の隣の席に腰かけた。
「物好きは僕だけではなかったみたいですね。」
「どうだろう?味覚は人それぞれだからね。それがいい、という人もいればあまり好きではないという人もいる。」
「……聞こえますよ?」
「聞いてないよ。」
そんなわけないだろう。僕らは今カウンター席についている。ミリンダさんがこの距離で聞こえないならば普段の会話すらままならないはずだ。
そう思い、そちらを見たが本当にそうかもしれなかった。彼女はこちらがわかるくらいに調理に集中している。視線すらこちらによこすことはなかった。
内心「嘘だろ?」と思ったが「彼女らしいな。」というのが実の僕の本音だ。
だから、そんなミリンダさんを横目に見ながら
「今日は期待できるかもしれませんよ?」と意味ありげに言ってみる。
レイカさんは首を傾げたが「かもしれないね。」と返してくれた。
「師匠、今日もありがとう。」
脇のほうからノアが『にょき』っと顔を出す。少し高いカウンターだが届くようにつま先立ちで背を伸ばしながらレイカさんにサービスの水を提供する。
気の利く子だ。一方でしゃべってるだけの僕。見習わなければならないな。
「ありがとう。」とレイカさんは水を一息に飲みほした。
ノアは嬉しそうだ。
「お待たせしました。」
他愛無い会話で時間は過ぎてしまったようで料理が出来上がった。
レイカさんの「いつもの」は長いパンに新鮮な野菜としっかり焼いた肉を挟んだもの、俗にいう「サンドイッチ」だった。
「これが一番、食べやすいんだ。」
僕にそう説明するがおそらくもうそんなことを考える必要はなくなる。
大きい一口、レイカさんはサンドイッチにかぶりついた。そして、彼の手は止まった。
「……おいしい。おいしいよ!」
それを聞いてノアとミリンダさんは顔を見合わせ笑った。
「野菜スープもお願いしたい。」
「はい!」
間髪入れずに注文が入る。
少し興奮していたのか呼吸も忘れたようにレイカさんはサンドイッチを頬張った。
息をついたのは食べ終わってからだろう。
「また、この店で『おいしい』と言える日が来るとは思わなかったよ。」
「それは、僕じゃなくて二人に言ってください。」
「君がなにかしたんじゃないのかい?」
「まさか。僕は料理人じゃないですし、魚の子が魚だったってだけの話ですよ。」
「なんだかわからんが、ありがとう。」
この人は、話を聞いているのだろうか?少し不信に思った。
そんな会話をしているとさらに扉が開いた。半身を出し中を覗き見る女性が一人。手には僕が書いたチラシを持っているのが見てとれた。
「あの……。」
「いらっしゃいませ。」
今度は僕が声をかける番だろう。すぐさま応対を始める。
「大人二人、子供一人、入れますか?」
「はい。ご案内します。」
「よかった。外がいっぱいだったので中もいっぱいかと思ってしまいました。」
外がいっぱい?
その答えは中に三人を入れるために扉を大きく開いてわかった。
「さ、入って。」
外……いや店の前が人で溢れていたのだ。村に来た当日だって、こんな光景は想像もできなかった。
宣伝の効果?いや、「それはないな」と否定した。
宣伝があってもマズいとわかっている店だ。それはこの村では誰もが知っていることでそんな店に来たいと思う日はないだろう。
ならばこんなにも人が集まった理由は一つしかない。
「ノア、外にお客さんがいっぱいいるみたいだ。案内してあげよう。」
「え?ええええええ!」
この日の昼時は忙しかった。客足が途絶えることはなく二回注文する人だって大勢いた。その分、余計に忙しかったのかもしれない。
ただ、そこでは誰もが笑顔だった。思い思いの時間を楽しんでいる。
帰り際にも「おいしい」「ごちそうさま」と二人に声をかけて出ていく。
それが絶え間なく続いていた。
最後のお客さんが「ありがとう」と言って出ていく頃には三人とも疲れ切っていた。
けれどそれは充足感にも近く悪い気はしない。二人もそんな想いだろう。
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