第16話変な光景 歪な関係
今日は店を閉める日になった。店の看板には『close』とやっていないという意味が書かれている。
もちろんこれは、店主が店を
「ここはどうしますか?」
「これとか足してみてこう。」
「わかりました。」
作業の内容は主にレシピの見直しである。
僕の想像通りと言ってはアレだが手帳のレシピはミリンダさんが先代の料理を思い返しながら書いたものらしい。
調理風景は見ているため流れはあっているが調理をしたことのない人間が書いたものであるため工程が足りなかったそういうことらしい。
「あれ?焦げましたね。」
「ほんとだ……。」
「こっちは味が薄いですかね?」
「そうかも……。」
反対にノアは昔の調理の記憶を頼りになんとなく作れるだけのようだ。
作業は難航を極めている。
キッシュをつくっていたときにノアは天才だなと思っていたがそうでもないらしい。もしかすると先代に教えてもらうときにつくっていた料理がそのキッシュだったのかもしれない。
「ちょっとだけ味濃くしてみますね。」
今度はミリンダさんから声が上がった。
ならば、その問題も問題にすらならないだろう。作業が止まることはない何回もやってれば偶然でも一発当たることはあるだろう。
その
安心してみていられる。だから僕は絵を描き始めた。
インクのにおいが料理には毒だろうから窓際で窓を開けながら描こう。開けると同時に新鮮な空気が部屋に入った。
題材は目の前にいる二人だ。
野菜を切ったり実際に作業をするのはミリンダさん、基本的に指示をしたり変更を加えるのはノアという感じで初々しいが良いコンビ感は出ている。
こんな、良い景色にはなかなか出会えないだろうから今のうちに描いておきたい。
幸いにも作業は今日いっぱい終わりそうにない久々にじっくりとできる時間になりそうだ。
背が高いミリンダさんは見下ろす形、背が低いノアは見上げる形。
包丁はミリンダさんが握る、ノアは眺める。
ミリンダさんが眺める、ノアが鍋の中身をかき混ぜる。
肩脇には手帳が置かれている。
そんな人物画。
店の中は仄暗く、二人だけの空間で時間もどこかゆっくりとしている。
周りには野菜の残骸が散らばっている。細い皮むきに野菜のヘタ。努力の結果だ。
道具達は丁寧に並べて置かれている。彼女たちは料理人だ。共感を覚える。
キッチンという二人がいる場所は少しだけ狭いかもしれないが触れ合いそうな距離感で肩を並べている(物理的には並んでいない。)のとても絵になる。
そんな風景画。
淡々と描き、足してを繰り返す。そんな僕の一人の時間もゆっくりと流れていた。
途中で休憩を挟みながら夕暮れ時に絵は完成する。
それはとてもおかしな絵になってしまう。思わず「ふふっ」と一人で笑ってしまった。
構図だけ見れば大人と子供が料理をしているだけの絵であるのだがその実は違う。これは子供が親に料理を教えているという風景なのだ。変な絵だ。
しかし、そんな歪な関係も暖かくていいものだ。
でも、これは他人の視点では絶対にわからないんだろうな。
これを見て微笑ましいと思う人がいると思うとニヤニヤしてしまう。
「今度はなんの絵?」
「これは……すごいですね……。」
後ろから勝手に絵を見られてしまう。夕暮れ時ということで二人も打ち切りにしたのだろう。今日の仕事はこれでおしまい。
「いちおう、画家なので。」
「画家……。」
塩っぽい対応をしたが実をいうとうれしい。こういう性分なのだ。
ミリンダさんは「初めて見ました。」と驚きの声をあげる。
ノアはなぜか自信にあふれたポーズをとった。
そして、三人で笑いあった。
窓際のそんな景色。
――――――—―――――
寝る前にふと思いついた。だから僕は絵を描く、これは明日に向けた絵だ。
きっと明日は開業するだろう。店の新しい門出でもある。
それを彩るのは僕の仕事であるからだ。やるやらないは自由だが選ぶ権利も自分にある。
今回はやりたかった。それだけ。
暗い中ろうそくの灯りで仕事をする。もちろん
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