第12話やりたいこと
僕の希望でノアには野菜の絵を描いてもらうことにした。
理由は陽がもうすぐ沈みそうだったからだ。完全に暗くなってしまってはミリンダさんも心配してしまうだろうという配慮である。
本当は僕と同じように村の風景を描いてみたいと言われたのだがそれでは時間がかかりすぎてしまうだろう。野菜ならば村と違って時間が足りなくなっても持ち運ぶことができるため、この場合には適しているように思った。
隣の畑にいた人に頼み込んでみるとノアの知り合いの人だったらしく、「暗くなる前には帰るんだよ。」と笑顔で快諾された。
村の人達は本当にみんながみんな顔見知りらしい。ついでのように取れたての生野菜をいただいてしまった。
かじってみると青々しさが鼻を抜け、想像以上の水気が感じられた。新鮮である。
「なんか地味だね。」
絵を描いているノアからとんでもない音が発せられたようだ。そんな不意の一言が僕を傷つけた。
チラリと隣を覗くと平坦に緑色が塗られていた。もちろんこれは野菜である。
目の前にあるのは先程かじってみたものと同じ種類のものだ。
緑色で長細く表面にはトゲにも似た突起がびっしりと生えている。
「もっと、物をよく見て描いたほうがいいよ?」
言ってみたものの、それが難しいことなのはわかっていた。
ノアも頭をかかえて唸っている。
理想と現実とは離れているものである。
例えば絵。
綺麗な絵に魅せられて、自分も描いてみるが思ったように描けない。
例えば料理。
他人につくってもらいおいしかったものが、自分でつくってみると案外おいしくできない。
どちらも同じことだ。
才能と努力、苦難と
例えの話、前者にはそれをつくるための過程が存在するが後者にはない。
認められるためには時間が必要で納得するためには経験が必要。
それがあるかないか、そういう違いだ。
軽く描いてみたものをノアに見せる。
ノアは目を丸くし、何度も自分の絵と実物と僕の絵を見比べた。
「あー---っ!」草原に大の字になり倒れこんだ。だだをこねるような子供らしさに笑った。
軽く描いた絵を「いる?」とノアに勧めると「いらない。」と答えられる。すっかり起源を損ねてしまった。この様子ならばもう描くことはできないだろう。
どうしたものかと考えながら片付けを始めた。
なにか興味のありそうなことで話題をすり替えたいところだが……そうだ!
「ねえ、いたずらって知ってる?」
「知ってる。」
反応してくれて安心した。
「やってみない?」
「ダメ、悪いことだから。」
やはり、この子は母親譲りで真面目だ。
しかし、僕のいたずらとノアの言う悪戯には認識に大きな違いがある。
「いたずらは悪いことじゃないよ。好きな人に笑ってもらうためにやること。ただ、その過程にやらない方がいいことがはいるだけ。」
「……お母さんにも笑ってもらえる?」
「もちろん。でもそれはノアにかかってる。」
ノアはしばらくの間、悩んでいたようだが「やる。」という返事をくれた。
僕はノアに作戦を伝えた。—―あとは魚の子が魚であることに期待しよう。
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