第11話絵を描くのに向いている

 去られてしまうと話し相手がいなくなってしまう。

つい先程まで僕のことを取り囲んでいた少年たちは向こうのほうで遊んでいる。

つい先程まで僕に村の案内をしてくれていたはずのノア師匠も一緒になって遊んでいた。

わちゃわちゃしているが何をしているのだろうか?


 人差し指と親指で輪っかをつくり、目を凝らしてみた。

村特有の遊びだろうか?植物の茎同士をクロスさせ互いに引っ張り合っている。

――あっ、片方が切れた。

茎が切れたほうは勢い余ってそのまま尻もちをついてしまう。痛そうだ。

もう片方の子はガッツポーズをとっている。


なるほど、そんな遊びがあるのか。

要するに植物同士の力比べなのだろう。先に茎が切れたほうが負けで、切れなかった方が勝ちだ。町にいた時には思いもよらなかった遊びである。遊びの師匠という名は伊達ではないらしい。


 遠くに見える畑では、まだ働いているであろう人が見える。日が暮れるまで作業があるのはご苦労なことだ。

いや……もしかしたらだが、さっきのレイカさんの話ではないが子供達が危険な目に遭わないように監視しているのではないだろうか?


 先程の会話の始まりのからふと思いついた。

レイカさんは村から見て、よそ者である僕が子供達を村の外れに連れ出したということに危険を感じて様子を見に来たと言っていた。

つまり、子供達が安全に暮らすために、楽しくのびのび遊ぶために大人達が協力して村全体で見守っているのではないか?という話だ。


 作業をしている方へ目を向ける。

あれは……収穫作業だろうか?網かごに野菜が山盛りに入っているのがなんとなく見える。その中の一つに昨日、キッシュに使われていたものを見つけた。

この村で採れたものなんだなと思うと、不思議なもので急にあのキッシュがおいしいものに思えて――はこないな。


……そんなことはいい。あらためて働いている人の様子を観察する。

何人かいるが皆一様に真面目に働いている。時折、楽しそうに笑っていた。

 そんな彼らと子供達を交互に見比べた。—―考えすぎだな。

まあ、こんなにも平和が流れている村なのだ。心配する必要もないのだろう。



 僕はカバンの中から馴染みの道具達を取り出した。

イーゼルをたてながら、この村に来た時のことを思い浮かべる。

 ノアと出会い、マズい料理を食べ、バイトを経験し、村の子供達やレイカさんと友好を築いた。


 二日間という短い間であるし、ひとつひとつは大したことのない出来事なのだがとても濃密な時間だったようにも思える。しかし、まるで昔からずっとここに居たような感覚があるのはなぜだろうか。

もちろんこの村には来たことがないし、景色だって見慣れてはいない。

だが、懐かしさとも形容できる何かが僕の中でこの村にはある。それは確かだ。


僕は体から空気の抜けるような軽い笑い方をした。


「人はこれをがいいというのだろうな。」


 被写体ひしゃたいを捉えた。

視界に入るものは、柵で囲われた村の全容、遊ぶ四人の子供達、手入れのされていない草原—―と。そんなところか。


全くもって平坦へいたんである。

普通過ぎて、なんでもなくて……何よりも絵映えしない。そんなこの場所をなぜか描きたくなってしまった。


筆に水を染みこませて僕は書き始めた。


――――――


 しばらく描いていると被写体でもある四人が消えてしまった。まさに僕が視線を紙のほうに向けている時に彼らは消えてしまったのである。僕が次に村のほうに目をむけた時には影も形もなかった。


「不思議だ。」

「なにしてるの?」

「!?」


背後から声をかけられる。ノアだった。

どうやらこちらへ戻ってきただけだったらしい。びっくりした。


「あれ、他の三人は?」

「みんな帰っちゃった。」

「そっか。」


今日は解散ということらしい。

空を見ると西のほうから少しずつ赤くなり始めている。


「これ絵?お絵描きしてたの?」

「うん、いま描いたんだ。」

「すっごいキレイ!あ!これって私達?」


頷く。絵は既に完成していた。描いている途中を見られるのはあまり好きではないので助かった。


「他のも見る?」


カバンの中から丁寧に収められていた。数枚の絵を取り出す。

ノアはどれに対しても「すごーい!」と感嘆の声を出す。気に入ってもらえたようでなによりだ。

すると、ノアは絵に気になる部分を見つけたようだ。


「この右下のもやもや?なぁに?」

「僕の名前だよ。」


絵には描いた人物の名前を入れる。そうすることで売れてしまった後でも誰が描いたのかがわかる。これは自分の絵だとアピールすることができるのだ。そういう習わし。

しかし、名前はかっこよく崩した字体になってしまっているため、子供が読むのは難しかったかもしれない。


「ここら辺が『あ』で『る』、『と』」


だがやはりわかってもらえないようで「わかんなーい。」と首を振られてしまった。

――わかるように書かないと誰だかわからないよ?

ともっともな意見までいただいてしまった。


「わたしもこんな絵かけるかな?」


うーん、と僕は唸る。描けると言ってしまっては僕の立つ瀬がないというものだ。

しかし、無理と言ってしまうのも違う。絵は自由だから。


「ちょっと描いてみる?」

「うん!」


ノアに筆を貸してあげる。

なんにでも興味があるのはいいことだ。そして、この柔軟さがノアの長所だとも思う。


「では、師匠なにを描きましょうか?」

「ううん、師匠じゃない。」

「え?」


聞き間違えだろうか?あんなに気に入っていたというのに。


「今はアルトさんが教える番、だから私は師匠じゃない。」

「なるほど。」


と言いつつ、内心では複雑な関係だなぁと苦笑した。




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