第10話彼は師匠と呼ばれるには普通過ぎる。

「おじさん、この人とちょっと話があるから向こうで遊んできなさい。」

「そうするか。ノアも一緒に行こうぜ。」

「う、うん。」


魔法にはすっかり興味を失ってしまったようで、彼らはあっさりと向こう側に行ってしまった。少し寂しいと思う反面、助かったとも思ってしまう。


しかし、彼は誰なのだろうか。もちらん初対面であるし、彼の噂など耳にしたことはないと思う。こちらとしては話すことなどはないつもりだ。

まあ、僕の名前がここまで伸びているのならば話は別であるが表情を見る限りそういうことでもないのだろう。


「師匠なんですね。」

「ん?ああ、遊びのね。たまにこうやって見に来ては相手してやってるんだよ。」

「なるほど。」


師匠というのは遊びのことらしい。白衣を羽織っているので村医者といったところだろうが、さすがに医学の師匠ということではなくて安心した。


確かに人に必要なことを教えるのが師匠の役目であるならば、子供に対してのそれはであるのだろう。妙に納得してしまった。

そして、いろいろなことを教えてくれる彼の存在は子供たちにとってはでもあるのだろう。それはノアや少年たちの反応を見るに明らかだ。



「ちょっと不思議だったんですよね。師匠……あーいえ、ノアさんが師匠と呼んであげるととても喜んでいたもので」

「それはなんといいますか……ありがとうございます。」


なんだか同情というかお疲れ様といったような意味が含まれていたような気がするがこちらとしては教えてもらう立場でノアのことはふつうにありがたいと思っているため、それは解釈違いというものだろう。


「少し勘違いしていました。」

「?」


彼が言うには、ここら辺では旅人などは滅多に来ない。

そんな旅人が村の子供を連れて村の外れへ行ったというではないか。これは危険だと感じた彼がここまで足を運んだということらしい。


「申し訳ない。」

「気にしないでください。あなたのような人がいるから子供達も安心してのびのび遊べるというものですよ。」


言わなきゃわからないことなのに彼は丁寧に頭を下げた。

そんな姿をなんだかなーと思ってしまう。この人はとてもいい人だなと苦笑した。


「私は『レイカ』と言います。この村で医者をしていますので何かありましたらお安くしますので頼りに来てください。」

「アルトです。医者がこんなところで油売ってていいんですか?」

「医者が暇なのは村人が健康な証です。だから暇なのが正常なんですよ。」


まったくだ。とそれには僕も同意する


「村へは今日?」

「いえ昨日の昼過ぎくらいかな。ノアさんに拾われてそのまま店に連れていかれました。」

「あー、なにか食べました?」


レイカはバツが悪そうに顔をしかませる。


「ええ、『彩のキッシュ』というのを」

「マズかったでしょう?」

「まあまあでしたね。」

「やさしいですね。普通の人間ならキレてますよ。」


さすがにそんなことはないだろうが店を出すレベルになっていないことは確かだ。


「お知り合いなんですか?」

「こんな小さい村ですから知らない人なんていませんよ。村人たちは全員顔見知りですよ。」


――ほんとは別の道を歩んでほしいんですけど、と続けた。


なぜふらっと訪れただけの村でこんな重そうな話に首を突っこまなければならないのだろうか?

しかし、お世話になった人だけにその話には興味がある。

怖いもの見たさで僕は聞いた。


「あの子のことは子供のころから知っています。とても不器用な子でした。なにをやっても少しずれたことしかできなくて、物事をうまくこなせたという話は聞いたことがありません。」


その話は少し意外に感じた。なんとなく変わった人だとは思っていたけれど、真面目で誠実な人だと思っていたからだ。なにをやらせても時間通りにきっちりこなす人だと思っていた。


他人ひとのことをこういうのも変な話なんですが、彼女は真面目すぎるんだと思います。言われたことを言われたとおりに進めて、それ以外のことは認めることができない。彼女にとってそれ以外のことというのはは正しくない。その結果、理想と遠くなって失敗するんです。今は先代の後……いえ、先代がやってきたことを続けるということが彼女にとっての正しいことなのでしょう。」


なんだか胸が痛くなる話だな。


あの人には、その道しか見えていないのだろう。

しかし、見えている道がその人が進みやすい道だとは限らないものだ。彼女の場合は向いていない道を歩き続けていると言える。


「先代がいた頃は先代が料理を作って、彼女がその補助というか調理の下準備をするという形でいいコンビだったように思います。幸いにも彼女は同じことを繰り返すことが得意なようで先代はよく褒めていました。」


そこで、少し疑問が生まれた。


「繰り返すことが得意なら料理もできそうですけどね?レシピさえあればパターン化できるとおもいますし。」


彼は不思議そうな顔をする。


「あの店の先代は料理をするのが好きでそれが功を奏して店を構えただけの男です。彼とは同世代で子供のころから一緒にいましたがとても雑な性格だったと思います。だから、彼がレシピを残すなんてことはないと思うのですが?」


――でも、もし彼がレシピを残していたならば、彼しか作ることのできなかった料理を彼女は完成させることができるかもしれませんね。その点だけは先代であるアイツが褒めていましたから。


 そう言うとレイカさんは懐かしそうな顔を浮かべた。先代との思い出でも思い返しているのだろう。


 しかし、その話が事実ならばミリンダさんが食い入るように見つめていた手帳はなんだったのだろうか?疑問が残った。

それから少し世間話をした。本当に他愛もない話だ。


「……長居しすぎましたかね?そろそろ戻ります。患者が来てしまうと私がさぼっていることがバレてしまいますから」

「それは大変だ。急いで戻らないと。」


二人して笑った。年はだいぶ離れているがなんとなく彼とはいい関係を築けそうに思った。

手を差し出し握手を求めるとすぐに応じてくれた。


「よければもう一度、あの店で食べてってください。彼女も喜ぶと思いますので。」

「前向きに検討させていただきます。」


堅い握手を交わした後、彼は後ろ姿で右手を振りながら去っていった。

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