第8話村の景色と道案内

「あんない……。案内するぞー!」


 先導する師匠は家の中にいるときよりもイキイキとしているように見えた。

使命感に満ち溢れる彼女は大手を振って元気よく、僕にこの村の紹介をしてくれている。後ろについていくだけの僕ではあるがなんとなく元気をわけてもらえているような気がしてくる。


 そして、これほどまでに心強い先導にはなかなかお目にかかれないなとも思った。張りのある声がそう思わせるのかもしれないし、どんどん前に進んでいく堂々とした振る舞いがそう思わせるかもしれない。師匠には先導の才能があるのかもしれない。


 それはこの村に来たことのない僕にとってありがたいことだ。

それに、これほどまでに優秀な案内人が着くなんてまるでVIPの待遇ではないだろうか。なんとなく気分が良かった。

ただ……。


「あっちが家でー、あっちも家!」


 紹介が雑すぎた。師匠は案内人としては致命的な欠陥を患っていたのだった。

悲しい。

 これは憶測であるが彼女は目に留まったもの……いや、視界に入ったものすべてを口に出しているのではないだろうか?

視界に入ったものを口から出し、指差しで示す。その度に僕は首を振るのでグワングワンと視界が歪む。目がまわりそうだった。首もそのうち取れるのではないだろうかとも思った。身を案じて首をさすった。

なにかアドバイスのようなものでもした方がいいのだろうか?

「うん?」

そんなことを考えていると「ねえ、ねえ。」と師匠が裾を引っ張ってきていた。

どうかしたのだろうか?


「わたし、案内ちゃんとできてる?」


んー-?

子どもとはなんと痛いところをついてくるのだろうか。どこかでそんなことを聞いた記憶がある。変なところで勘が働き、こちらを追い詰めてくるのだ。と。


僕はこれほど小さい子と話す機会はほとんどなかったし、聞いた話も『根も葉もない噂だろう』『大人がたまたま図星を突かれただけだろう』程度に思っていた。

 しかし、それは真実だったようだ。

そして、実際に相対してみると想像以上に破壊力がある。


 背が低くこちらの目を見つめるようにして話すため自然な感じで上目遣いになる。

こちらを見つめる表情から自分がしっかりと事をなせているか不安だということは見てとれるがその不安そうな表情がこちらからしてみれば愛らしかった。


 こんな顔をされてしまってはこちらとしても否定することなどできるはずもない。「もちろん。」と即答させてもらった。

すると表情は先程のように『にぱっ!』と明るくなり、「じゃあ、もっと頑張るね!」とのことだ。


しかし、それではこちらの首が持たないだろうな。そう思った矢先のことだ。


「めずらしー、アレ『ノア』だろ?」

「ほんとだ!飯マズ料理屋の『ノア』だ!」

「隣にだれかいないか?」

「ほんとだ、見ない顔だな?行ってみようぜ!」


少し遠くのほうから、師匠を呼ぶ声が聞こえる。声のほうに振り向くと三人組の子供の姿が目にはいった。背の高さも師匠と変わらないからして、おそらく同世代なのだろう。

しかし、飯マズ料理屋のノアとはひどい言われようだった。

そんな三人組はこちらへと近づいてくる。


「久しぶりだなノア。店はいいのか?」

「まさかメシがマズすぎてつぶれたのか?」

「本人の前で縁起でもないこと言うな!」

一人が縁起でもないことを言った一人を叩く。「いてっ。」


急に賑やかになったな。退屈しない程度にはうるさい。

なんというか仲のいい悪ガキ達って感じですごくいいな。


「久しぶり、今日はお客さんが来ないから店じまいなんだ。」

じゃなくてだろ?イテッ!二度も叩くなよ!」

「オメーが言うたびに叩くぞ!」


「アハハ」と笑う師匠。確かにこのやりとりは見ていて面白い。

この子たちにとっては馴染みのやりとりなのかもしれない。


「それで、今は何してんの?ていうかその人だれ?」

「うん。この人、昨日うちに来たお客さん。わたしの弟子!」

「弟子?弟子なの?」


急に話を振られてしまった。四人分の視線がこちらに注がれている。

間違ったことは言ってないから、いいんだけど。


「はい、弟子です。師匠にはお世話になってます。」

「「おおー!」」


歓声が上がった。師匠は誇らしげだ。

「すげーすげー」と言われながら質問攻めにあっている。

師匠って言葉の影響が凄すごいな……。なぜなのだろうか?


「そういえば、この人普段なにしてる人なんだ?」

「え、なんだろう?」


 少し首を捻ったがその間に子供たちの話題は変わってしまったらしい。

またしても視線がこちらへと注がれる。

普段と言われてしまうと答えづらいな。同じ場所に留まらないからその時折の行動をしている。画家と一口に言ってしまってもいいのだが今は料理屋のバイトだ。それに、こういう時はなにかもっとカッコイイ答えにしておきたいものだ。

そうだ!


「旅かな?」


「旅?」「つまり旅人ってことだよな?」「冒険者ってことじゃないのか?」

なにか不穏な空気になっているが大丈夫だろうか?大きな反応が返ってこず不安になった。しかし、それは杞憂だった。ひそひそと話していた彼らのボルテージは上がっていきやがて爆発する。


「すげー!兄さん冒険者だったのか!」

「話聞かせてよ!ね?ね?」

「魔法見せてよ!魔法!」

「「それだ!」」


予想以上の反応が返ってきてしまった。僕が仰け反らねばならないほどに三人組が怒涛の勢いで迫ってくる。

それほどまでに旅という単語は男の子の心をくすぐるものなのだろう。その事実はなんだかうれしかった。


しかし、困ったことに同時に勘違いも生まれてしまっている。

僕は冒険者ではない。

冒険者……。まあ正しくは『未開域探索家』といって人が踏み入れたことのない未開の地に赴き、その地の実態を調査する人たちのことを言ったように思う。


 詳しくは知らないが国家組織?で国が事業を引っ張っているんだったかな?で、それになるにはまずギルドに登録しなければならなくて……。どちらにせよ僕が違うのは確かだ。

「「まーほーう!まーほーう!」」


しかし、手拍子とコールは鳴りやまない。師匠も目を輝かせていた。

……ようするに断れない状況ということだ。それにリクエストが魔法という点で少し安心した部分もある。


「いいよ、見せてあげる。でももう少し広いところがいいな。」


幸いにも僕は魔法が使える。

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