第7話プライド

 暇である。

朝早くに起きたというのに掃除しか仕事らしい仕事をしてはいなかった。

理由は店に人が来ないからだ。朝から待ちに待ち、時間で言うと正午をすぎたくらいだろうか?店の中にいては太陽の角度や影の傾きもわからないため正確なことは言えないが体内の感覚がそう告げている。


「師匠、お客さん来ませんね。」

「いつもどおりだよ?」


なに当たり前のこと言ってるの?と師匠は不思議そうだ。

店って昼時は人が勝手に入ってくるものじゃないの?とこっちも不思議に思った。


働いたことがないからわからねえ。

 でも、街にいた時はどこも賑わっていた。いつどこに入っても客はそれなりにいてそれぞれが同じ場所で思い思いの時間を過ごしていた。

この場所でもそれは変わらないはずだろう。人の数は街には遠く及ばないだろうがそれでも人の往来は一定数あり、ここがゴーストタウンというわけではない。姿は見えなくても足音や声はずっと聞こえていた。


店主のミリンダさんに視線を送ってみる。彼女は真剣に手帳を読み込んでいたが視線には気づいたようでしっかりと反応してくれる。


「すみません。昔はいっぱいだったんですけど……。」

「あ。」


なんとなく察した。失言だった。

この店の料理はお世辞にもおいしいとは言えない。

 この焦げの部分がいいとか、味付けがよくわからないけど絶妙な感じ、とかそういう感想が出てくるレベルではない。なんというかもっとこう……。根本的な部分が……変だ。そう!変なのだ。

 食べ物に対してこの言葉を使うのはどうかとも思うが他に思い浮かぶ言葉もない。

料理人でもない僕は偉そうなことは言えないだろうし技術的なこともわからないがあえて言うなら変という言葉が一番しっくりくる。

 これでは客足が遠のいてしまっても無理はない。

僕でさえ二回目は遠慮願いたい。


「私の料理おいしくないみたいで先代がいなくなってしばらくは『大変だねー』と言いながらお客さんは来てくれていたんですが……。あ、今でも来てくれる人はいますよ。」


なんとなく罪悪感があるので皆まで言わないでほしかった。

そんなに申し訳なさそうにされても困る。料理がおいしくないのが原因ならば打つ手だてもなにもないのだ。あれ?『おいしくない』……。


「そういえば、朝のごはんってミリンダさんが作ったんですよね?あれはおいしかったですよ。あれとか出せばお客さんも来てくれませんかね?」


 あのときは寝起きということもあり気付かなかったが、確かあれはおいしかった。

寝ぼけていることを加味しても、まずいものならばさすがにわかる。

ということは、少なくともあれは普通の料理だったということになる。


そういうとミリンダさんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに普段の浮かない顔へと戻ってしまう。すこし悩むような素振りを見せこう言った。


「私の料理をおいしいと言ってくれたのは娘を除いてあなたが初めてです。料理屋としてはお恥ずかしい話ですがありがとうございます。なかなかうれしいものですね。」

「では……。」

「でも、ごめんなさい。それはできないんです。」


これで事態がすこしでも改善されたらいいなという思いからの提案であったがそうはうまくいかないらしい。


「それはこの店の料理ではなく、きっと求められているものでもないので。今はこんな感じですけど、昔は……。いえ、うまく言えないんですけど、やってはいけない気がするんです。ごめんなさい。」

「いえ、こちらこそ……。」


 料理がおいしくなくてもこの店は料理屋である。きっと、彼女にも料理人としてのプライドがあるのだろう。

昨日出された料理を思い出す。様々な野菜が色を重ねるキッシュだ。見栄えがよく、いい香りがし食べる前はとてもワクワクしたことを覚えている。

 先代はその料理を作り客を呼びこんだ。彼女はその料理を作り客を失った。ここには大きな差が存在しているように思う。


 彼女が言う『求められているもの』とは先代の作っていた料理のことなのだろう。確かに簡単に作ることのできる家庭料理が出てくる店と自分では作ることのできない料理が出てくる店では明らかに後者の店に行きたい。

せっかく店に行くのだからそこでしか味わえないものを食べたいと思うのは当たり前のことである。


「……今日はもうお客さんは来ないと思いますので村の散策などはいかがでしょうか?名所など何もない村ですがね。」


 苦笑しながらそう提案される。それは願ってもないことだ。

目的こそなかったが村へ来たのは村を見に来るためなのだ。なんだか変なことを言っているようだが理由なく、その場所へ行くという行為は自由の代名詞とも言えるのではないだろうかと僕は思う。行ってみて何もなければないでいい、あったならば絵にしよう。それが僕の旅の在り方なのだ。


「そういうことなら行ってきます。お役にたてずすみません。」

「いえ、そういうものなので……。あの、お願いでもないんですが。」

「はい。」

なんだろうか?できることはできる。できないことはできないとはっきり言おう。


「娘を同行させてもらってもよろしいでしょうか?娘は私の手伝いとばかり言って、あまり外で遊ぶことがないのでたまには年頃らしく遊んでほしいのです。アルトさん、娘に気に入られているようですし。」


お安い御用だった。むしろ村の人である。師匠が先導してくれるのならば心強い、こちらからお願いしたいくらだ。


「はい、師匠が一緒なら心強いです。」

「そう言ってもらえると助かります。ノア!ちょっと来て。」


呼びかけると師匠がトコトコとこちらへ寄ってくる。僕と同じで暇だったのだろう。少しばかり眠そうだ。


「アルトさんに外で遊んでもらいなさい。」

「え?でもお店が……。」

「今日はもういいから、ね?」


お店から離れることに抵抗があるのだろうか?そういうところは母親譲りなんだなとしみじみ思う。真面目だ。


「師匠!僕、村の中を見てまわってみたいです。案内お願いします。」


師匠に店主直伝(見よう見まね)の礼をしてみる。直角!90度!でもこれは曲げすぎたかもしれない。その瞬間、絶対に店主さんはそんなに腰を曲げてないとわかった。でも僕にはそう見えていたのだ。え?じゃあ、なんで直角じゃないってわかるのかって?

本来腰は90度曲げるものではなかった、この状態をキープは普通につらい。

結果、がちがちなお辞儀になってしまった気がする。


「しょ、しょうがないなあ。」


しかし、師匠はまんざらでもなさそうだった。どうやら同行してくれるようだ。

『すみません。』と店主さんが苦笑いしてた。




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