第5話朝は来る

 「おはよう……ございます。」

 朝は弱い、太陽の光と共に起きることは一般的には健康に良いとされてはいるが眠い身体をそのままに起こすことはむしろ毒なのではないだろうかと僕は思った。

 眠いときはしっかりと睡眠をとり、起きたくなったときに起きる。それが一番健康に良いように思う。それに起きる時間というのは延びに延びるのだ。時間は止まることはないが先は無限に存在する。つまり僕が早起きしようが昼過ぎに起きようが何ら変わらないのである。

 しかし、それでもそうしなければならないときもあると僕は知った。


 「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


 挨拶相手は自分とは対照的に丁寧なあいさつをこなしていた。

 目を擦ることはなく、身支度までもがすでに済んでいる。

 そんな昨日とまったく同じ姿の店主に僕は頭が上がらなかった。


 「おかげさまで……。まだねむいくらいですよ。」

 耐えきれずに大きなあくびをしてしまう。おっといけない。

 「それはなによりです。今日からよろしくお願いしますね。」

 「……こちらこそ。」


 昨日のこと昼食の支払いができなかった僕は対価に労働をすることを決意した。

 店主さんは「無理をしなくてもいい」という風に言ってくれたが一度言ってしまった手前、撤回はしたくなかった僕は店主さんに相談をした。そしてその話し合いの末にここで代金分の働きをするという結論に至ったという運びである。

 ということで今日からここの従業員というわけだ。店主さんに聞くと朝は日の出と同時に仕事を始めるということだったのでそれに習い早起きもした。まあ、それでも遅かったらしいが。

 

「店の裏手にある桶に水を汲んでありますので、お顔を洗ってきてもいいですよ。」

「そうさせてもらいます。」


 促されるがままに向かう。

 外はまだ明るくなり始めたばかりで気温も上がり切ってはいなかった。

 中と外の気温のギャップに身を震わせながら、変に新鮮に感じる空気を肺の中に受け入れた。

「さむ。」

 これだけでも目が覚めそうではあるがこれから働くのだ。念のため顔を洗い、しゃっきりしておこう。

 店の裏手側の庭には井戸があり、その前には桶が置かれている。中にはきれいな水が張られていた。

 顔を洗おうと手をいれるとひんやりとした水の感触があった。

「やだなあ。」

 寝耳に水ということわざがある。言葉の意味としては思いがけもしない出来事が突然に起きてしまい、それに驚くというものだったと記憶している。

 ことわざは例え話というのはわかってはいるが 

 実際にこれが現実に起きた場合は間違えなく飛び起きるだろう。これはそれと同じだ。冷たい水は寝起きの肌には悪すぎる。……まあ、言ってても仕方ないから一思いにやるんだけどさ。


 バシャりと顔に水をぶつけると肌がキュッと引き締まるのを感じる。水が顔に当たったからか少し息が苦しくなって、それをかき消すように二度三度と繰り返した。

 久しぶりの感覚だった。たまには悪くないかもしれない。


「はい、どうぞ。」


 横から白いタオルが飛び出してきた。気が利くなと思いながら、それを受け取り顔を拭いた。

『ん、誰?』

 驚きながら高速でとなりを見ると昨日ここに招待してくれた娘さんがにこやかに立っていたのだった。


「マジか……。」

「なにが?」

「いやなんでもないよ。タオルありがとね。」

 不思議そうに首を傾げていたが本当になんでもないので説明のしようがなかった。

「えっと……いつもこの時間?」


 今度は反対側に首を傾ける。なにを言っているかわからないらしい。

 わからないということはいつもなのだろう。マジか……。

 こんな小さい子でも朝早くに起きられるのだ。環境や慣れというものはおそろしいな。ここでしばらく暮らしていたら自分もそうなるのだろうか?

 そんな自分を想像するが無理だった。おそらく続いて三日だろうな。


 もしかしたら、この子は特別にしっかりしているのかもしれない。きっとそうだな。店主さんも時間の感覚にはシビアそうな人だったし、その子供なら合点がいく。

 子は親に似るものなのだとどこかで聞いた。


「そっか。君はえらいね。」褒めてあげたくなり頭を撫でる。

「くすぐったいよ。」言いながらも目は細くなり気持ちよさそうだった。


「私、えらい?」

「うん、とっても。今日はよろしくお願いします。先輩。」

「せんぱい?せんぱいって、なに?」

「うーん、ここでの僕の師匠ってことかな?」

「師匠!」


 先輩はわからないが師匠はわかるのか。よくわからないが身近にそういう人がいるのかもしれない。


「もっと呼んで、もっと呼んで」と僕の肩に両手を乗せぴょんぴょんはねる。

 今が朝だということを忘れさせてくれそうな元気さだ。

 いいことではあるんだけど僕はお世辞にも体格がいいとは言えないので気を抜くとそのまま倒れてしまいそうだった。


「師匠そろそろ仕事があるのではないでしょうか?」

「あ。そうでした。」


 我に返ったかのように素に戻る師匠。どことなく言葉遣いは余所行きになっている。

「なにから始めましょうか」

「えっとねー。まずは」


こうしてこの村で僕には小さい師匠ができたのだった。



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