第3話女の子と料理屋と

しばらく行き倒れているとほっぺたをツンツンと人差し指でつつかれる。

なに?と思って振り向くとそこには女の子がいた。年齢は五才くらいだろうか?

くりくりとした大きな目がこちらをジッと見つめていた。もう少しこの余韻に浸っていたいところだったが呼ばれてしまっては仕方がない。身体を起こし、あぐらをかいた姿勢で話に応じる。

 「やあ、いい天気だね。どうしたんだい?」

 「おじさん、どうしてこんなところで寝ているの?」

 「おじさんじゃないけどね、」

 僕は年齢としては十五を少し過ぎたくらいだ。僕がおじさんならば、他の人はみんなおじいさんになってしまう。

「実は、空腹で行き倒れていたところなんだ。」

女の子はふんふんと頷き「うち、くる?」と指をさしながら言った。

その指先には一軒の普通の民家があった。ごちそうしてくれるのだろうか?

頷くと女の子は歩き始めた、僕はそれについていく。


 家の前についてから気がついた。看板が置いてある。

文字は読めないがおかげでここが店であることを知ることができた。なんの店かわからないが飲食店だったらいいなと思った。

「ご飯屋さんなんだ。」

「うん。」

それを聞き少しだけワクワクする。

知らない土地に来たならば、その土地ならではの物を食べたくなるのは人の性だろう。

「ママ―、おじさん拾ったー。」

「違うでしょ、『お客さん拾った』でしょ?」

どちらも違うと思う、僕はおじさんじゃないし、お客さんは拾うものではない。

しかし、否定はせずに聞かなかったふりをした。人のミスを指摘するのは無粋なことだ。

 「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」

女の子の母親らしき人が席を促してくれる。

すらっとした身体つきに、伸びた背筋、さらさらな髪質。丁寧な口調からして真面目そうな彼女は母親と言うには少し若いような気もするが女の子がそう言うならばそうなのだろう。


中はガランとしている。席には誰も座っておらず座りたい放題だった。

体内時計の感覚的に昼時は過ぎているので、当たり前ではあるがテーブル席が三つ、カウンター席が五つそれに誰も座っていないというのはなんだか寂しげな光景だと思った。

軽く会釈をしカウンターの席を選ぶ。一人で来てわざわざテーブル席を選ぶこともないだろう。越しに水を提供された。

「なんにしましょうか?」


テーブルの上にはメニューらしきものが立てかけられている。手にとりパラパラとめくった。

メニューには挿絵らしきものはなく、文字だけが並んでいた。

 「得意なものをひとつ。」

 「はい。少々お待ちください。」

これは、いつもの手法だ。文字の読めない僕はいつもこんな感じで注文をする。

文字が読めないことを隠せて、どことなくカッコイイ最高の注文方法だと思っている。

状況によって様々なパターンを用意しているが今回は少し風変わりなオススメ品のようなものを食べたかった。

 前にアルバイトのような子に対してこのような言い方をしたときはすごく困惑されたが、ここの店主さんは文句の一つも言わずに応じてくれてよかった。

 

青々しい野菜、瑞々しい野菜、とカラフルでバラエティ豊かな野菜たちが並んだ。目の前に並んでいく、店はオープンキッチンのような様式となっており調理を直にみられるようになっている。

『コンコンコン』と等間隔にリズムを刻みながら、野菜が刻まれていく。とても慣れた手つきだった。

料理したことはおろか、調理風景を見たことすらなかった僕はその無駄のない動きに感嘆し見入ってしまう。

しかし、それとは別に『ザク、ザク』と不均一な音が聞こえてくる。 

何だろうと隣に目をやると女の子も負けじと野菜を切っていた。その手つきは母親に比べてあぶなかっしそうに見えたが料理をしたこともない自分は何か言える立場でもないため、その様子を見守った。


それにしても、作るものがわかるのか?ふいにそんなことを疑問を持ってしまった。

二人が何か言葉を交わした様子はなかった。注文を受け取りそのまま調理に入ったはずだ。

しかし、二人の表情は真剣そのものだ。これはやるべきことをわかっている人間の目だと思った。

よくできた子だなと感心する。僕よりは間違いなくしっかりしているだろう。

何ができるのかは全く想像できないがこれは出来上がりが楽しみになったぞ。

 

 調理が進むにつれて野菜たちは姿を変えていく。炒められ、卵液にいれられ形あったころの姿はどこにもなくなってしまっている。

よくわからない液体になった。材料たちはパイ生地に包まれ窯へとぶち込まれた。エプロンのポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。


「少し焼けばできあがりますので、もう少しお待ちください。」


 その言葉にはちょっとした違和感があった。なぜなら、隣では女の子が絶賛調理中なのだ。慣れない手つきで野菜を切っている。

たまらず僕は指摘した。


「あの、隣……。」

「え?あ、なにしてるの!」

少し、怒気を含んだ言い方だった。反射的に僕もビクッとなってしまう。


「だめでしょ。包丁もっちゃ、危ないんだから。」


優しく諭しているようだが、どことなく言い方はきつかった。

「いやいや」と嫌がる女の子をまな板と包丁から引きはがす。

女の子は泣き出しそうなくらいの叫び方だった。耳がキーンとなる。


「驚かせてすみません、この子は目を離すとすぐに危ないことしちゃうんです。」

「いえいえ。元気なお子さんで」

どちらかというと『あなたの声に驚きました。』と言いたかったがさすがに言わないでおいた。耳がキンキンする。

そんな、女の子は泣き出してしまった。


「すみません。少し落ち着かせてきます。」

 そう言うと裏へ引っ込んでしまう。一人になるととても静かな場所だった。

自分にもああいう時代があったなと思った。なにをするにしても保護者の許可が必要で、勝手なことをして失敗するとバレて怒られた。そのくせ自分の意見を優先して通そうとされた。自由なんてものはなく、世界がとても窮屈なものに見えた。

日も当たらないような暗い部屋は今でも嫌いだ。

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